「詩（し）音（おん）のこと、奏（か）音（のん）から聞いたわよ。救い出して欲（ほ）しいって、耀（かぐ）夜（や）お姉さまに、訴（うった）えていたわ」
　風（ふう）薫（か）の言葉に、璃（り）音（おん）は一（いっ）瞬（しゅん）息を止めた。そうか、と漏（も）れ出（で）た吐（と）息（いき）には、様々な感情が乗りすぎて、逆に璃（り）音（おん）の思いを隠（かく）していた。
「それは、申し訳ないことをした。奏（か）音（のん）には滅（めっ）多（た）なことを言わないよう、よく注意しておく」
「アンタは、詩（し）音（おん）に逢（あ）いたくないわけ？」
　奏（か）音（のん）のしたことは余計だったと言わんばかりの返答に、風（ふう）薫（か）は噛（か）み付（つ）く。それを受け止める璃（り）音（おん）の瞳（ひとみ）は感情を映さず、硝（がら）子（す）玉（だま）のよう。
　是（ぜ）とも否（いな）とも答えず、恐（おそ）らくは数秒。そう、と今度は風（ふう）薫（か）が吐（は）き捨（す）てた。
「奏（か）音（のん）の思いは、アンタにとって無（む）駄（だ）だったのね。可（か）哀（わい）想（そう）に」
　璃（り）音（おん）は息を呑（の）んだ。激情のあまりに拳（こぶし）を握（にぎ）り込（こ）んだ腕（うで）は震（ふる）え、戦（おのの）く唇（くちびる）から、やっと言葉を絞（しぼ）り出（だ）す。
「無（む）駄（だ）でなんか、あるものか。奏（か）音（のん）が詩（し）音（おん）のことを思ってくれているのは、知っている。天（あま）音（ね）にぃが気に病（や）んでいるのだって。でもだからこそ、自分が簡単に助けを求めて、巻（ま）き込（こ）む人を増やすのが良いとは、思えない。天（あま）音（ね）にぃや奏（か）音（のん）と頑（がん）張（ば）るのならともかく、一体貧（ひん）民（みん）街（がい）の孤（こ）児（じ）、しかも奪（だっ）還（かん）すると世の中に迷（めい）惑（わく）を掛（か）ける相手を、他の誰（だれ）が助けてくれるというのか。その人たちにだって、迷（めい）惑（わく）な話だ。天（あま）音（ね）にぃも奏（か）音（のん）も、簡単には表を歩けない。そんな状態で表の人間なんて、巻（ま）き込（こ）めない」
　何事かと、風（ふう）薫（か）だけでなく耀（かぐ）夜（や）まで璃（り）音（おん）の元に来る。いつの間にか、画面に没（ぼっ）頭（とう）していたはずの聖（せい）也（や）まで、璃（り）音（おん）に注目していた。当然、護衛対象が揃（そろ）って動けば、真（ま）理（り）亜（あ）も付いて動く。天（あま）音（ね）だけが、画面に顔を伏（ふ）せている。必死に何かを隠（かく）すかの如く。
　ほぼ全員の視線を集めた璃（り）音（おん）に向かって、痛いほどの静（せい）寂（じゃく）などものともせず、風（ふう）薫（か）は嘲（あざ）笑（わら）った。
「そう言って、諦（あきら）めたんだ？」
　言葉の刃（やいば）は、的確に璃（り）音（おん）の心を抉（えぐ）った。
　慄（りつ）然（ぜん）として色（いろ）を失った璃（り）音（おん）に、風（ふう）薫（か）はなおも追い打ちを掛（か）ける。
「本当、可（か）哀（わい）想（そう）よね。アンタに、既（すで）に巻（ま）き込（こ）まれている奏（か）音（のん）や幸（こう）崎（ざき）博士も、来ない助けを待っている詩（し）音（おん）も。アンタが臆（おく）病（びょう）風（かぜ）に吹（ふ）かれて震（ふる）えている間にも、時間は過ぎていくっていうのにね」
　いっそ優（やさ）しい口調から一転、腹の底から響（ひび）くような声で詰（なじ）った。
「甘（あま）えるところを間（ま）違（ちが）えている場合かしら？」