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彼女の視点・昼

 天幕に入る前からでもわかるほど、キラキラと目にやかましいのは、彼の髪だ。
 普段は丁寧ていねいに編まれて後ろに流されるそれは、さわれるのならツヤツヤのサラッサラなんだろうけど、残念ながらアタイの手には届かない。
 いっつも額に縦ジワを寄せている、我等が指揮官殿。アンタはきっと、アタイのことなんて目にも留めていないだろうけど、アタイはアンタが気になって仕方ない。
 同じ名前を持つのに、カタッポは神秘のエルフで指揮官で、もうカタッポは元奴隷の猫獣人、傭兵ようへいだ。
 いやぁ、最初は世の中ってなんて理不尽なんだって思ったね。
 まあ、指揮官殿が魔法をドカーンってブッ放すところを見たら、別の意味でクラッてきたけど。
 肉食系獣人ってのは、強い相手が大好きなのさ。たとえ、簡単には手に届かなかったとしてもな!
「おーい、指揮官殿ー⁉︎ もしかして、まぁーた小難しいことでも考えてんじゃ……」
 思わず途中で黙って、指揮官殿を二度見したアタイは悪くないと思う。
 我等が指揮官殿が天幕に引きこもっているのは、だいたいが小難しい考えごとの時。なんだかもう百年の恋もめかねない、辛気臭しんきくさい顔で沈んでいる時、のハズなんだ。
 諦観ていかんいだ氷のような目をして、ほんっと面倒くさい考えごとにハマってるはずの指揮官殿の瞳が、熾火おきびのような熱をはらんでいた。
 これって、超レアな顔じゃね⁉︎
 うわぁわぁ、やっべ、れ直しそう。
「……アタイ、今のアンタとなら、酒がみ交わせる気がするよ。指揮官殿」
 心の声が現実に出てしまっていたらしく、指揮官殿がチラリと視線を投げてよこした。
 ああ、もったいない。もう、いつものツンとました顔だ。
「判断力を低下させるような薬物などらぬ。それより、何か報告でもあるのか」
「んー、相変わらずおかたいこって。せっかく、アタイ好みのイーイ顔してたのに」
 本音でからかったアタイの言葉で、ゆっくりとまばたきするアンタの心音がちょっと加速したように聞こえたのは、アタイの欲目かい?
「……それで、報告は」
 おっと、声が低くなった。
 これ以上、機嫌きげんそこねるわけにはいかないね。
「あー、はいはい。そろそろアンタの出番だ。ヤツ等が、例によって例の如く、盛大な最後っをかましてお帰りなさったんでね」
 毎回思うけど、魔族って連中はどうしてあんなに喧嘩けんかが好きっていうのか、ドンパチやりたがるっていうのか、その割に負け惜しみが迷惑で後片付けしないっていうのか、不思議な種族だね? そんでもってそんな連中に喚び出されて暴れまわる魔獣たちも、よく毎回付き合うよね?
 そのドンパチのおかげで奴隷から足を洗えたし、今の指揮官殿ともめぐえたけど、アタイには全くわからないよ。
「やっとか。おかげで、私の方は、十分に準備ができたが」
 魔族の連中が逃げ帰った後に残された魔獣の始末は、うちの場合、指揮官殿がやってくれる。万が一に備えて作戦中に溜めておいた魔力を、いつまでも溜めておけないからと言ってふんだんに使い、大規模な魔法をブッ放してくれるのだ。破壊力がおっかないのはもちろん見た目もキレイで、何回見てもドキドキするし、背筋がゾクゾクしすぎて尻尾まで毛が逆立つくらいだ。
「一発ド派手なのを頼むよ、指揮官殿」
「……ふん。私を誰だと思っている」
「へぇえ? ふぅん? 言うようになったじゃないか、カノン指揮官殿?」
 いつものやりとりが、少しだけ変化した。
 そこは、承知した、とかこたえる場面じゃなかったかね?
 いや、アタイとしては、今くらいの方が親しみが持てるんだけども!
「ここに来たばっかの頃は、こんなオボッチャマなんかにアタイ等の命なんか預けられっか、イザとなったら……なぁんて思ってたけど。ふふっ、やっぱ指揮官なら、せめてそれくらいはフテブテしくないとね」
 しくじったとばかりに頭を抱えるアンタが、可愛すぎるのが悪い。
 同じ名前を口にするのはものすっごくヘンチクリンな感じがするけれども、アンタをき乱せるならいっくらだって言ってやる。
「今夜は一杯行こうじゃないか、カノン指揮官殿。なんなら、このカノンが、アンタの成長を祝っておごってやっても良い」
 そして、アタイに更なる弱みを握らせておくれ。
 強いオスにかれるのは、肉食系獣人の本能のなせるわざ。だけど、アタイがアンタにかれてるのは、それだけじゃないって信じたい。
 再びアタイに視線を投げかけた指揮官殿は、目を伏せ、溜息ためいきいた。
報酬ほうしゅうの差を考えろ。この場合、奢らねばならないのは、私だろう」
 アタイは目が点になった。
 えっ、マジで⁉︎ 何つーか、渋々な形だけど、オッケーしてくれた⁉︎ しかもしかも、指揮官殿のオゴリ⁉︎
 ……これって、夢じゃね?
「おい、ついに頭がいたか? 指揮官殿」
 思わず確認してしまって、言葉を間違えたことに気付いた。
 目に見えて、落ち込まれた。
「そうかもな。まったく、これだからいくさは好かぬ」
 ああ、アタイが悪かった。悪かったから。
 そんな、覇気はきのない声で。弱々しい笑顔で。泣きそうな瞳で。
 アタイから、目をらさないで。
 やっぱり、強いから好きって訳じゃないんだ。アンタだから、アタイが想像していたより弱くても、気になるんだ。
 そう、他のヤツ等には常に同じように見えるらしい表情が読めるようになった時点で、薄々わかってた。
 アタイは、アンタに惚れてる。
 でも、アンタがアタイを好きになってくれるかに関しては、望み薄だ。
 なんてったって、奴隷上がり。アタイはガサツだし、野蛮やばんだし、アンタ好みじゃないだろう。
 いいのさ、それでも。
 元々、アンタの視界に入れるようなもんでもなかったのが、今日なんか奢ってくれるとまで言ってくれた。
 そりゃ、できればアタイのこと、好きになってほしいけど。どうだろうね、エルフの恋愛譚れんあいたんって、あんまり聞かないんだよね。とっても情熱的でロマンティックなうわさも聞くけれど何せ伝承レベルだし、実際に指揮官殿とか見てるとすっごく淡白たんぱくな雰囲気だから、胡散臭うさんくさいというか。
 天幕から出ていく指揮官殿の背中を見つめつつ、アタイは舌舐したなめずりした。エルフの習性がどうあれ、アタイが知っているのは噂話ばかり。本当かどうかなんて、それこそ指揮官殿に聞かないとわからない。
 弱気になるのなんて、まだまだ早い。せめて今夜当たって、砕けたならば考えよう。
 狙った獲物をみすみす見逃がすだなんて、アタイのしょうには合わないんだよ。