『かくて騒ぎが持ち上がる』ほんの序章に過ぎない
縦横変換 ショッピングモールだったその場所は、今や、半壊した瓦礫の山となっていた。あちらこちらで、人の泣く声が途絶えない。
自治体による救助隊は未だ到着しておらず、真理亜に呼び出された、龍神警備会社の社員たちが慣れた手つきで救助の拠点を築き出すと、あっという間にそこに怪我人が押し寄せた。しかし、この段階で自力で歩ける者など、軽傷の部類。軽い応急手当を行い、病院への受診を奨めるのみである。
食って掛かる怪我人も少なくはないが、それだけ元気があるということだから、当然の処置である。真に重症の者は、そもそも動けない。場合によっては瓦礫に埋もれているのを、捜さねばならないというのに。
クレームを言われるたびに耀夜が悲しそうな目をするので、真理亜はそっと救助拠点の医療用テントから彼女を連れ出した。
「無力なのは、歯痒いな」
「社長の所為ではございません! 直ぐに持ってこられる物資に限りがある以上、直ぐに助け出さねばいけない命を優先するべきなのは、当然のことです。しかし、最近の一般市民の態度は目に余ります。治安が悪化するのも、頷ける話です」
それでも耀夜は憂い顔だ。
「それだけ、彼等にも余裕がないのだろう?」
「貧富の差は、拡大し続ける一方ですからね。ここに買い物に来られているだけ、最下層ではないはずなのですが」
「政治家は、何を考え、て」
耀夜の言葉が止まり、一点を凝視した。瓦礫の下、はみ出している、亜麻色の髪の流れ。
「真理亜!」
「わかっています。直ぐに救助します」
やがて掘り起こされた少女の姿に、誰かが息をのみ、誰かが疑問を呈した。
「……有楽部んとこの誰かか?」
確かに、顔立ちは名門有楽部家本筋の長男、有楽部光希を彷彿とさせる。しかし、有楽部家は古くからの名家。護衛もなしに、ショッピングモールに来ることなど、考えられない立場であった。
少女はピクリとも動かず、息をしているのかも定かではない。
手遅れだった、と、救助に当たった者の大半が思った。だが、耀夜は諦められなかった。
耀夜に強い力で両肩を叩かれ、少女はうっすらと目を開く。
歓喜に沸く周囲。奏音の名を持つ当の少女を除いて、誰も気付かない。
これが、更なる騒動の序曲に過ぎなかったことを。