浴（よく）槽（そう）には十分に湯が張られていたが、万が一損傷部分から内部機構に湯が入ると大変なことになる。そのため、奏（か）音（のん）は恐（おそ）る恐（おそ）る腕（うで）だけを湯（ゆ）桶（おけ）に付けて、大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）なことを確（かく）認（にん）すると、タオルをよく絞（しぼ）って身体（からだ）を拭（ふ）いていた。
　損傷は上半身より下半身が酷（ひど）く、腕（うで）は概（おおむ）ね動くが下（か）肢（し）は安定しない。幸（さいわ）いにも人（じん）工（こう）皮（ひ）膚（ふ）は概（おおむ）ね自動修復されており、見た目だけは大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）そうだが、完全に修復されたかは途（と）中（ちゅう）の回路の損傷が酷（ひど）くて確（かく）認（にん）できない。これが、人間であれば時間経過か適切な治（ち）療（りょう）、という形になるのだろうが、生（あい）憎（にく）と奏（か）音（のん）は人間ではないため、必要な物が根本的に異なってくる。
　手っ取り早く、璃（り）音（おん）や天（あま）音（ね）に迎（むか）えに来てもらうという選（せん）択（たく）肢（し）も、考えはしたが、連（れん）絡（らく）方法を検討しているうちに却（きゃっ）下（か）した。何せ、彼（かれ）等（ら）二人の存在は、自分以上に秘されるべきものだったからだ。自宅は貧（ひん）民（みん）街（がい）の奥（おく）にある違（い）法（ほう）廃（はい）棄（き）場（じょう）の地下です、とも、とても言えない。だから、送ってもらうのも却（きゃっ）下（か）だ。
　それ以前に、龍（りゅう）神（じん）警（けい）備（び）会（がい）社（しゃ）のメンバーは、皆（みな）人間だ。
「人間は……信用できませんからね」
　生（お）い立（た）ち上、奏（か）音（のん）はかなりの人間不信である。かつて、道具として使われ、廃（はい）棄（き）され、処分までされた過去があれば、それも無理のないことかもしれない。奏（か）音（のん）が心を許すのは、璃（り）音（おん）と天（あま）音（ね）だけだ。
　鏡に映る人（にん）形（ぎょう）は、何処（どこ）までも昏（くら）い瞳（ひとみ）で見返してくる。
（いざとなれば、屋（や）敷（しき）のセキュリティを乗っ取って、監（かん）視（し）カメラを誤（ご）魔（ま）化（か）している間に、部品だけでも璃（り）音（おん）兄さんに届けてもらいましょうかね）
　思い付きは口には出さず、ふうっと息を吐（は）く。
「それにしても、不思議な社長さんですねぇ」
　見ず知らずで、更（さら）に恐（おそ）らく身元も割れない怪（あや）しさ大（だい）爆（ばく）発（はつ）の人物を拾って、面（めん）倒（どう）を見ようとしている。それは昔の記（き）憶（おく）に重なるかのようで。
　連なる思いを打ち消すように、奏（か）音（のん）は再度、呟（つぶや）いた。
「でも、人間は、信用してはいけませんからね」