『かくて奏音は拒絶する』引き出された譲歩
縦横変換 耀夜が屋敷の扉を開けた瞬間、使用人たちは揃って安堵の表情を浮かべた。
「彼女は」
「せめて汚れを落としてお着替えだけでも、と伝えたところ酷く怯えまして、今も部屋で抵抗しております」
客間に近付けば近付くだけ、オロオロとした様子の使用人が増えていく。やがて、奏音の抵抗する声まで聞こえてきた。
「で、ですからぁっ、もう帰りたいのです! ちっ、近付かないでくださいぃ!! いやぁっ!! 来ないで!」
開いていた扉からずかずかと入り込むと、新たな登場人物に驚いた奏音が更に後ずさろうとして、壁にますます張り付いた。
「ひぅっ」
悲鳴を上げ、けれどそのまま震えることもできずに固まってしまう様は、やはり日常的に何かしらの虐待を受けていたであろう痕跡か。
涙に濡れた目を大きく見開いたまま、屋敷の主人の沙汰を待つ奏音は、耀夜が最低限拭いた顔や手足を除き、ドロドロのボロボロである。とても、外を出歩ける格好ではない。
耀夜は、はあっ、と大きく息を吐いた。ベッドから薄い掛け布団を引っぺがし、奏音に投げつける。
「わぷっ!?」
「隠したいところがあるなら、とっとと隠せ」
掛け布団から顔を出した奏音は、一瞬ぽかんと瞬きをし、はっとして、慌ててそれにくるまった。まるで、蓑虫のようになった少女を、耀夜は遠慮なく部屋から引きずり出した。途中で抱き上げたのは、奏音の足腰が未だに安定しないことに気付いたからだ。
勿論、向かう先は玄関ではない。浴室だ。
「馬鹿か、お前。その格好で外を出歩いてみろ、直ぐに通報されるに決まっているだろうが」
カタカタと震える奏音がますます身を強張らせたので、声音を少し和らげる。
「本当なら入浴には介助を付けたいところだが、嫌なんだろう? 誰も、入れないようにするから、せめて汚れを落とせ」
少しの沈黙。奏音がそっと頷いたので、耀夜も密かに安堵の息を吐いた。