消灯された部屋の中、白（はっ）華（か）と名付けられた少女が、寝（しん）台（だい）に寝（ね）かせられた姿勢そのままに、ぼんやりと天（てん）井（じょう）を眺（なが）めている。
「白（はっ）華（か）……ですか」
　ふと、その瞳（ひとみ）が潤（うる）み、静かに雫（しずく）が溢（あふ）れ出（だ）す。
「本当、不思議な人間ですね。そんなところまで、似なくても良いのに」
　何を思い出しているのか、涙（なみだ）を拭（ぬぐ）うこともせずに瞼（まぶた）を伏（ふ）せた。
「帰りたい。早く、帰りたいですよ」
　何処（どこ）へ、とも、誰（だれ）の元へ、とも言わず、白（はっ）華（か）はそのまま沈（ちん）黙（もく）した。
　そんな様子を客間に仕（し）掛（か）けられた監（かん）視（し）カメラを通して見ていた人物たちがいる。
「うーん、手（て）掛（が）かりとなる言葉も無しっすね」
　耀（かぐ）夜（や）と真（ま）理（り）亜（あ）を振（ふ）り返（かえ）って報告した男性職員は、真（ま）理（り）亜（あ）によく似た面（おも）差（ざ）しをしている。
「聖（せい）也（や）、言（こと）葉（ば）遣（づか）い！」
「えー？　良いじゃないっすか。社長さんだって、咎（とが）めないし。姉貴がちょいと、厳しすぎるんっすよ」
　姉に頭を小（こ）突（づ）かれて涙（なみだ）目（め）の聖（せい）也（や）は、そのまま耀（かぐ）夜（や）に視線を向けた。
「社長さん、あのお嬢（じょう）ちゃん、いつまでここに置いとくんで？」
「せめて、歩けるようになるまで、とは思うんだがな。大方の予想通りとはいえ、治（ち）療（りょう）も拒（きょ）否（ひ）されてしまっては、いつになることやら判（わか）らん」
「早く帰してあげないんっすか。あんなに帰りたがってますよ」
「危なっかしすぎてな。送ると言っても、それも拒（きょ）否（ひ）された」
　腑（ふ）に落ちない表情で、聖（せい）也（や）は姉に目を向ける。真（ま）理（り）亜（あ）は、肩（かた）をすくめた。
「なんだ、お前たち。何か引っかかるのか？」
　姉弟（きょうだい）の無言の遣（や）り取（と）りに、耀（かぐ）夜（や）が疑問を呈（てい）すると、二人は更（さら）に視線を交（か）わし、やがて真（ま）理（り）亜（あ）が口を開いた。
「帰りたがっているのですから、単に車（くるま）椅（い）子（す）をお与（あた）えになり、そのまま玄（げん）関（かん）から帰して差し上げれば良いと思いますが」
　聖（せい）也（や）も続ける。
「なぁんか、ヤな予感がするんすよね、あのお嬢（じょう）ちゃん。あんまり、引き留めておくと、厄（やっ）介（かい）の種になりそうな雰（ふん）囲（い）気（き）。あれは白（はっ）華（か）なんて可（か）愛（わい）らしいもんじゃない。もっと……」
　言葉が途（と）中（ちゅう）で消えたのは、耀（かぐ）夜（や）の表情が歪（ゆが）められたからだ。
「頼（たよ）ることすら諦（あきら）められているうちは、帰せん」
　姉弟（きょうだい）は顔を見合わせ、それぞれに降参の言葉を返した。
　耀（かぐ）夜（や）が頼（たよ）る術（すべ）もない相手に弱いのは、今に始まったことではない。耀（かぐ）夜（や）自身が、他人に頼（たよ）れない半生を送ったが故（ゆえ）に。
　それを克（こく）服（ふく）するべく立ち上げられた龍（りゅう）神（じん）警（けい）備（び）会（がい）社（しゃ）の社員が、今の社長を止める理由は、なかった。