耀（かぐ）夜（や）の前で、見事に縮こまっている、白（はっ）華（か）。一応、悪いことをしたという自覚はあるらしい。視線はきょときょとと揺（ゆ）れ、全く落ち着きがなかった。
　背後に真（ま）理（り）亜（あ）と聖（せい）也（や）を連れた耀（かぐ）夜（や）が大きく息を吐（は）くと、びくりと肩（かた）を震（ふる）わせる。白（はっ）華（か）はぎゅっと手を握（にぎ）り、耀（かぐ）夜（や）の言葉を待った。
「それで、白（はっ）華（か）。そろそろ話を聞かせてもらっても良いんじゃないかと、私は思うんだが」
「社長の言うことは、甘（あま）いんですけれど、ね。私としては、今までこれだけ譲（じょう）歩（ほ）してもらっての、その態（たい）度（ど）は有り得ないと思っていますよ」
　真（ま）理（り）亜（あ）の追い打ちに、白（はっ）華（か）は余計に表情を強（こわ）張（ば）らせる。
「真（ま）理（り）亜（あ）」
　耀（かぐ）夜（や）がたしなめたが、時（とき）遅（おそ）し。どうやら白（はっ）華（か）は警（けい）戒（かい）心（しん）を煽（あお）られてしまったらしく、硬（かた）い表情で口を引き結んでいる。
「何も、取って食おうって訳じゃないんだ。だから白（はっ）華（か）、先（ま）ずは、名前を聞かせてくれないか」
　てっきり、どうやって扉（とびら）を閉めたのだとか、扉（とびら）を閉めて、どうしたかったのだとか、そのあたりを訊（き）かれるだろうと思っていた白（はっ）華（か）は少し意外な面（おも）持（も）ちで瞬（まばた）きする。それでも沈（ちん）黙（もく）を続けていたら、真（ま）理（り）亜（あ）の表情が凄（すご）みを帯びてきた。
「なあ、白（はっ）華（か）。そんなに私たちは信用ならないか」
　耀（かぐ）夜（や）の言葉に咄（とっ）嗟（さ）に俯（うつむ）く様子は、その通りだと肯（こう）定（てい）しているようなもの。ややあって、白（はっ）華（か）がようやく絞（しぼ）り出（だ）した言葉は。
「人様に名乗るほどのモノでもございません。私は、帰していただければ、それで良かったのに」
　耀（かぐ）夜（や）は即（そく）座（ざ）に反論した。
「その脚（あし）でか？　そういうわけにもいかないだろう」
　未（いま）だに長（ちょう）距（きょ）離（り）を歩くことができず、車（くるま）椅（い）子（す）から離（はな）れられない状態の少女を放り出すなど、鬼（おに）のような所業はまっぴらごめんである。
「それより、白（はっ）華（か）の名前だ。本当に、何も名乗れないのか」
　前回と異なり、長期戦も全く辞さない構えの耀（かぐ）夜（や）。騒（さわ）ぎを起こした負い目もあり、白（はっ）華（か）はほんの少しだけ、既（すで）に表に出ている情報を渡（わた）す決断を下した。
「既（すで）に白（はっ）華（か）の名をいただいておりますので、普（ふ）段（だん）はそのまま、呼んでいただいたら良いのですが」
　この期に及（およ）んで、そう来るのかと、思わず口を挟（はさ）みかけた真（ま）理（り）亜（あ）を、耀（かぐ）夜（や）の手が制する。白（はっ）華（か）はそっと息を吸い、言葉を続けた。
「ネット上では、アンジェという名で活動していることが、あります」