『かくて都市伝説は現れる』璃音は舞降りた
縦横変換 セキュリティシステムの掌握も、近辺の通信電波の掌握も、完了した。このあたりの作業は奏音にとって、前菜のようなものに過ぎない。
璃音にも迎えを頼んだ。動きやすい服装に着替えた。部屋も勿論、片付けてある。
空から迎えに来る璃音の邪魔にならない服を選ぶのには、少し時間がかかった。何せ、与えられた服の殆どがスカートだったので。
奏音の特殊能力がハッキング能力であるならば、璃音の特殊能力は飛行能力だ。彼の絡繰子としてのコードネームは、堕天使。背に翼を負い、空を飛ぶ。多少の重さのもの、例えば奏音くらいであれば、抱えて飛ぶことだってできる。
絡繰子。絡繰師という派手な都市伝説の裏に隠された狂科学者の作品群、かつて人間だった、機械人形たち。絡繰子の中でも更に異端な三人が集まり、絡繰師として世を騒がせている。絡繰師はあくまでも絡繰子の一部、世間に向けた表の顔の一つでしかないのだ。
そう、機械人形であるから。たとえ応急処置を行っていても、動き回っている以上、奏音の傷が悪化することは免れないのだ。適切な部品で修理しない限り、自然に傷を治す仕様には、していない。
ついに奏音は決意した。たとえ事態を自らの手で更に動かすことになろうとも、龍神耀夜の屋敷から、去ることを。
だから、この騒ぎは当然のこと。そのはずなのに。
どうしても、奏音の気は晴れなかった。
露台に続く扉を開ければ、舞い降りる影。騒ぎの声が大きくなったような気もするが、奏音は敢えてそれを無視した。
どうせ、もう去る場所。二度と、来るはずのない場所。だから、今更、何を気にしなければならない?
そう、自らに言い聞かせて。
「良いのか?」
地味な色の鬘を奏音に渡しながら、璃音が問う。何せ、奏音の亜麻色の髪は、夜の闇でも大いに目立つ。
「ええ。これ以上、ここには居られません」
手早く髪をまとめ、鬘を被りながら奏音は答えた。だが、璃音は眉尻を下げ、問い直す。
「何も言わずに去ることになるが?」
その問いは、奏音の心の弱い部分を的確に抉った。