それは、一見傷の治った、滑（なめ）らかな皮（ひ）膚（ふ）。内出血の痕（あと）すらも無く。
　けれどそれを一（いち）瞥（べつ）した堕（だ）天（てん）使（し）は、ますます悲痛な顔をして、奏（か）音（のん）に懇（こん）願（がん）する。
「頼（たの）むから、やめてくれ。奏（か）音（のん）まで暴走したら、誰（だれ）も天（あま）音（ね）にぃを止められないし、誰（だれ）も詩（し）音（おん）に届かない」
「嫌（いや）ですっ！」
　奏（か）音（のん）は傷を覆（おお）っている人（じん）工（こう）皮（ひ）膚（ふ）を剥（は）いだ。一時的に痛覚を伝える回路を遮（しゃ）断（だん）することもできるし、そもそも断線済みだったりする影（えい）響（きょう）で、奏（か）音（のん）自身に痛みはない。
　あまりに痛そうな光景に一様に顔を歪（ゆが）めた人間たちは、次の瞬（しゅん）間（かん）、皮（ひ）膚（ふ）の下に埋（う）もれる壊（こわ）れた機械を認めて絶句した。
　精（せい）巧（こう）な義（ぎ）肢（し）？　いや、それならば執（しつ）拗（よう）に隠（かく）す意味などない筈（はず）で。
　ちぎれたコードの束を握（にぎ）った奏（か）音（のん）が、それを網（あみ）に押（お）しつける。火花が散り始め、網（あみ）の焦（こ）げる臭（にお）いが鼻（び）腔（こう）に届く。
「近付いたら、一（いつ）緒（しょ）に焼いて差し上げますとも。いっそ、諸（もろ）共（とも）に自（じ）爆（ばく）しても良い」
　文句を言いかけた風（ふう）薫（か）が、奏（か）音（のん）の脅（おど）しに口を閉ざした。彼（かの）女（じょ）の声（こわ）音（ね）には、本気の響（ひび）きしかなかった。
「お前、そんな痛そうなことをしなくても！」
　我に返った耀（かぐ）夜（や）は奏（か）音（のん）に駆（か）け寄（よ）った。コードを握（にぎ）りしめる奏（か）音（のん）を抱（だ）きしめ、その腕（うで）に手を添（そ）えると、彼（かの）女（じょ）が思った以上に熱いことに気付いた。
　耀（かぐ）夜（や）を振（ふ）り仰（あお）いで、奏（か）音（のん）は泣きそうな表情になった。
「璃（り）音（おん）兄さんだけなんです。棄（す）てられてた私を拾ってくれて、処分されたときも、天（あま）音（ね）兄さんに掛（か）け合（あ）ってくれて。璃（り）音（おん）兄さんに何かあったら、私、」
　何かが爆（は）ぜる音がして、奏（か）音（のん）の瞳（ひとみ）から光が消える。一部焼き切れた網（あみ）の中で、璃（り）音（おん）兄さんと称（しょう）された少年が嘆（たん）息（そく）した。
「だからといって、ここまですることはない」
　コードから出ていた火花は消え、奏（か）音（のん）はピクリとも動かない。
「お前、リオン、というのか？　白（はっ）華（か）……じゃなかった、カノンは」
　腕（うで）の中で急速に熱を失い、冷たくなっていく少女を案ずる様子の耀（かぐ）夜（や）に、璃（り）音（おん）は寝（しん）台（だい）を示した。
「どこかで回路をショートさせたか、バッテリーの圧が上がりすぎて強制シャットダウンしたかだと思う。修理できないわけじゃないから、一（いっ）旦（たん）どこかに、寝（ね）かせてくれないだろうか」