「ふっふっふ、いよいよ私の出番ね！」
　詩（し）音（おん）の奪（だっ）還（かん）成功を告げる通（つう）信（しん）から三十分後、にわかに警（けい）備（び）員の動きが慌（あわ）ただしくなったのを見て取った風（ふう）薫（か）は、にんまりと笑った。
　璃（り）音（おん）を追っていた一団から、三分の二ほどが、施（し）設（せつ）内（ない）に引き返そうとしている。その視線の先に飛び出した風（ふう）薫（か）は、警（けい）備（び）員など眼中にないかのように、大輪の花が咲（さ）いたかのような満面の笑（え）顔（がお）で、璃（り）音（おん）に両（りょう）腕（うで）を伸（の）ばし、飛びついた。
「お兄さま！」
　気分は名女優である。抱（だ）きつかれた璃（り）音（おん）の表情が、盛（せい）大（だい）に引きつっていることについては、気にしてはいけないのだ。
　風（ふう）薫（か）の演技に内心で鳥（とり）肌（はだ）を立てつつも、璃（り）音（おん）は風（ふう）薫（か）を抱（かか）え上（あ）げ、再度夜空に飛び立つ。先（さき）程（ほど）までであれば、警（けい）備（び）員に追われて施（し）設（せつ）に入りあぐねる真（ま）似（ね）をしていれば良かったが、今からは、警（けい）備（び）員を付（つ）かず離（はな）れずの距（きょ）離（り）で引き回さないといけない。詩（し）音（おん）が無事に逃（に）げ果（おお）せるまでは風（ふう）薫（か）と共に逃（に）げあぐね、警（けい）備（び）員を詩（し）音（おん）から遠ざけるのが、璃（り）音（おん）の今の役割だ。
　幸（さいわ）いにも、風（ふう）薫（か）を抱（かか）えているため、飛行速度を落としても、警（けい）備（び）員に不（ふ）審（しん）には思われにくいだろう。先だっての魔（ま）改（かい）造（ぞう）のおかげで、人間を一人抱（かか）えたくらいでは飛行に全く影（えい）響（きょう）はないのだが、組織側にそれを知る術（すべ）はない、はずだ。幸（こう）崎（ざき）天（あま）音（ね）博士亡（な）き状態で璃（り）音（おん）が未（いま）だに健在なことすら、恐（おそ）らくは予想外。数少ない絡（から）繰（くり）子（し）の安定サンプルとして捕（ほ）獲（かく）しようとしているのが、通（つう）信（しん）から筒（つつ）抜（ぬ）けだった。
　まさか天（あま）音（ね）が自らを絡（から）繰（くり）子（し）に改造して存在しており、更（さら）にハッキング特化の奏（か）音（のん）までいるとは、思いも寄らないだろう。加えて龍（りゅう）神（じん）警（けい）備（び）会（がい）社（しゃ）や風（ふう）薫（か）の存在など、逆立ちしたとしても思（おも）い浮（う）かべられまい。
　腕（うで）の中に振（しん）動（どう）を感じ、璃（り）音（おん）は風（ふう）薫（か）を抱（だ）く腕（うで）に力を込（こ）めた。
「寒くはないか？」
　詩（し）音（おん）の服装に似せた都合で、風（ふう）薫（か）は薄（うす）着（ぎ）だ。流（さ）石（すが）に今の状（じょう）況（きょう）では、璃（り）音（おん）の服を風（ふう）薫（か）に分けるという真（ま）似（ね）はできそうにない。
「少し、寒いわ。でもね」
　風（ふう）薫（か）は璃（り）音（おん）の肩（かた）に顔を伏（ふ）せる。
「それ以上に、アイツ等（ら）の顔が面（おも）白（しろ）くて」
　要するに、笑いを堪（こら）えているのだと知り、璃（り）音（おん）は呆（あき）れ返（かえ）った。