耳元で気泡音（きほうおん）が鳴っている。もう、目を開ける力も残っていないけれど、瞼（まぶた）の裏に映る光からして、簡易的な医療用培養槽（いりょうようばいようそう）にでも入れられているのだろうか。それでもきっと、数時間の延命がやっとだろうと思えば、空（むな）しさを感じる。
　そんな自分とは別に、天音（あまね）と璃音（りおん）を見下ろしている自分がいる。そして更（さら）に別に、璃音（りおん）によく似た面差（おもざ）しの、けれど白髪（はくはつ）の少女と向かい合っている自分もいる。
　混乱したのは数瞬（すうしゅん）。全部が全部、同じく並行（へいこう）して起こっている出来事（できごと）だけれど、何故（なぜ）か全てに対応できてしまう。処理できてしまう。
「奏音（かのん）さんは凄（すご）いの。あたしが手助けしたのは最初の一歩だけなのに、もう自分で立て直してる」
　白髪（はくはつ）の少女が感心している。
「ねぇ、璃音（りおん）。わかってるでしょ。奏音（かのん）はもう、助けられないって」
　天音（あまね）が、璃音（りおん）に現実を教えている。
　そして、自分の肉体の方は、刻一刻と余命を喪（うしな）っている。
「今は、あたしに集中して欲（ほ）しいかな。初めまして、奏音（かのん）さん。あたしは詩音（しおん）。今、幸崎（こうざき）博士と口論している璃音（りおん）の、えーと、妹だったの」
　詩音（しおん）と名乗る少女は、ちぐはぐだ。言葉（ことばづか）いや雰囲気（ふんいき）に、幼さと大人っぽさが、入り交じっている。
「それは、仕方ないのよね。奏音（かのん）さんも知ってるでしょ、ザイオンってサーバー。あれ、あたしが使われてるの」
　ザイオンサーバー。確か難攻不落（なんこうふらく）の大容量ネットサーバーで、そこにサービスを置かせてもらえるのが一流の証（あかし）とも言われている。けれども、あれはあくまでもコンピューターだったはずで、璃音（りおん）の妹だという詩音（しおん）が使われているというのは、
「生体コンピューター、なの」
　恐（おそ）ろしい答えを、詩音（しおん）自らが口にした。
「奏音（かのん）さんにも、素質があるよ。あたし以上の、素質。あたしは受け身でいるのが精一杯（せいいっぱい）だけれど、奏音（かのん）さんは相手に浸食（しんしょく）もできるんだもん。本当に、凄（すご）いや」
　つまり、この天音（あまね）と璃音（りおん）の遣（や）り取（と）りが良い角度で見えているのは
「そうだよ。奏音（かのん）さん、あたしの力使って、幸崎（こうざき）博士の研究所の監視（かんし）カメラ、乗っ取っちゃったんだよ。おかげであたしも久々に璃音（りおん）おにいちゃんの姿が見られて、嬉（うれ）しいな」
　思考がダダ漏（も）れなのは、どうにもならないのだろうか。
「それは、これから次第（しだい）じゃない？」
　これから。もう余命が時間単位の自分に、これから？
「あ、ごめんね。もうあたしに集中しなくて良いから、あの二人の話をよく聞いてみて」
　詩音（しおん）が、一歩下がったかのように存在感を薄（うす）くした。詩音（しおん）に集中していた間に、璃音（りおん）と天音（あまね）が話し合っていた内容は、監視（かんし）カメラに録画されている。
　ひとまず、倍速再生で、見てみようか。