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第七章 こんな時に、いやだからこそ

 耳障りな羽音が、戦いの緊張を切り裂いた。
 重く低い音、ただの虫ではない。魔力を帯びた空気が、熱を含んで押し寄せてくる。

 視界の端をかすめる巨大な影。
 人攫い蜂——この間仕留めた個体よりもひとまわり大きい。
 鋭い視線が俺とディラオーネを往復した。

 まずい、このままでは——
 咄嗟に蔦を、蜂に向かって跳ね上げた。
 狙うのは蜂だけだ。ディラオーネを巻き込むつもりはない。
 ——お前相手には、容赦はない。
 何より、この人攫い蜂の毒針からは、危険な臭いがした。

「ふん、知ってるぞ。お前、弱い獲物は襲わないんだってな」
 蜂の羽音に紛れて、嘲るような声が響く。喋る、個体……!?
「悪食だよな。強い奴ばかり喰って……そんなに戦闘が好きなら、お礼参りくらい、受けてくれるよな?」

 ディラオーネの纏う魔力が一瞬揺らぐ。それは、蜂にとっての好機だ。
 ——やめろ。そっちは見なくていい。
 俺は必死に蔦を振るい、蜂の胴を絡め取ろうとする。

「なんだ? 散々魔物を喰い散らかしておいて、その強いエルフは庇うのか?」
 くそっ、余計なことばかり言いやがって。
 ディラオーネからの懐疑的な視線が突き刺さっている、気がする。気を散らすのは悪手なのに、それは俺の余裕を奪ってしまう。

 蜂は素早く体を捻り、俺の傷のある根元を狙ってくる。
 植物である俺の、動かせない急所。
 熱が走る。打ち払おうとした蔦は、虚しく宙を切った。
 やはり今までの蜂とは違う、「俺を狙った」毒のようだ。根からジンジンと痺れる。傷から樹液を絞り出す、でも完全には毒を排出できない。

 蜂がカチカチと顎を鳴らしている、嗤っている。このタイミングで襲ってきたのも、きっと偶然ではないのだろう。
 ここで決着をつけなければ、この蜂の次の狙いはディラオーネか、俺の守っている小動物たちだ。
 そう、だから、集中するんだ、俺……!

 闇雲に蔦を振り回すフリをして、全身全霊をかけて、羽音と魔力の流れに集中した。
 そう、もう少し。俺がヤケクソに見えるだろう? ……今だ!

 蔦を締め上げる。蜂の外殻が軋み、羽音が濁る。
「ほら見ろ……結局、お前は……」
 最後まで言わせず、力を込めた。蜂の動きが、ぴたりと止まった。