大雨「いったん休憩する時間です」

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「なあ、聞いた? 図書館の幽霊ゆうれいの話」
 授業の合間、近くの机に集まっていた同級生たちがそんな話を始めたものだから。僕とリオニス君は瞬間で目配せし合うと、そろって耳をそばだてた。
「聞いた聞いた! こういう、大雨の日に出没するんだろ?」
「スッゲー美人な幽霊ゆうれいって聞いたぜ」
 えー、ホントかよ! と盛り上がる同級生たちの様子も横目で確認したいけれど、リオニス君が完全に撃沈げきちんされてしまっているのをどうにかするほうが先かな。
「大丈夫?」
 頭を抱えてしまったリオニス君に、声を掛ける。
「……あいつには、警戒心というものはないのか?」
「んんー、なさそうというか、抜けてそうだよね、確かに」
 僕たちには、その美人な幽霊ゆうれいの心当たりが、あった。ジンさんという、元異世界人で、僕命名、想食種という、新種の生き物だ。
 普段は小さな白い動物の姿のジンさんだけれど、どうやら神様の姿の影響を受けているらしくて、人間の姿の時は真っ白な髪の美人さんである。あまりに以前の自分の姿からかけ離れていて恥ずかしいとのことで、それこそ本を読みたい時くらいにしか人間の姿を拝むことはできない。でも一方で、元々暮らしていた異世界がとことん平和だったのか、警戒心がやたらと薄かった。それこそ、こう、目撃もくげきされてうわさになっても、それっぽいよなぁと思えてしまう程度には。
 ちなみにうわさといえば、僕、落ちこぼれのルーエを、優等生のリオニス君が構うようになったのも、一時期すごく話題にされていたんだよね。リオニス君には色んな人が、それこそ僕も含めて忠告したんだけれど、彼ってば聞く耳持たずで、しかも僕から距離を取ったら不機嫌になってしまって、結局今はセット扱いみたいな感じにされている。
 話がれた。
 僕がそんな考え事をしている間に、同級生たちは昼休みを使って図書館を見にいく計画を立てていた。で、本当に未知の存在がいたら怖いからと、リオニス君に声をかけてきた。もちろん、リオニス君はとても渋い顔をしていたけれど、僕はちょっと思うところがあって、ついていくことにした。
 そんな訳で図書館に向かってゾロゾロと、歩いている。
 正直、これだけの人数で押しかけたら、魔力の変動でジンさんに察知されるところだ。普通なら。
 今は、僕という、ジンさんの同種がいるからね。こっそりと、皆かられる余剰魔力をいただいて、薄めている。だから、きっとジンさんは、ギリギリまで気付かない。気付けない。
 ジンさんは魔力の動きで周りを把握している節があって、その次に活用しているのは視界で。つまり何が言いたいかというと、読書に集中している時に魔力の薄い存在に静かに近寄られたら、相当ビビるんじゃないかなって。
 いくら人間以外の動植物からは基本的に害を受けないと言えども、その人間が一番油断ならないんだから、もう少し警戒心を持ってほしいんだよね。
 図書館の入り口をくぐると、受付にいた司書さんが不思議そうな顔をした。まあ、課題もないのにこれだけの人数で昼休みに図書館に来られたら、そうなるよね。普段から週末を図書館で過ごしていることの多い僕に気付くと、司書さんはちょいちょいと僕を手招きした。
「ルーエ君、これは何事?」
「大雨の日の幽霊ゆうれいうわさを確認しにきた感じですね」
「それは、あそこにいる、あの白い子かな?」
 確かに司書さんの指した先には、ジンさんが本を読みふけっていた。
「入館手続きもなしに、いつの間にかいるんだよね。気配も薄いし、魔力も感じられない。で、近付くと、本を残して消えちゃうんだ。近付かない限り、本のことは丁寧ていねいに扱ってくれているし、そんなに本が好きなら案内したいこともあるんだけど」
 同級生たちは、そんな司書さんの言葉に「へー」だの「ほー」だの言いながら、遠巻きにジンさんをながめている。
「案内したいことがあるんですか? じゃあ、案内してあげましょうよ」
「いや、だからね、近付くと逃げちゃうんだって」
「まあまあ、だまされたと思って」
 司書さんの手を引いて(ついでに余剰魔力が外にれないよういただきつつ)ジンさんの方へ向かう。案の定、ジンさんは周りに気付くことなく、そこにいた。
「何を読んでるんです?」
 にこやかに、問いかける。油断していたジンさんは、話しかけたのが知り合いの僕だったこともあって、逃げることなく返事をくれた。
「植物図鑑。ちょっとまだ、読めない単語があるから、教えてほしい。ルーエ」
「僕よりも、司書さんの方が詳しいですよ?」
 司書さんと聞いてギギギと顔を上げるジンさんが逃げ出す前に、その華奢な手首を捕まえる。
「何逃げようとしてるんですか、ジンさん」
「いやいやいやいや、ルーエこそ、なんで」
 周りの様子に今更気が付いたらしいジンさんが、すっかり狼狽うろたえている。
うわさになってたので、こんなことだろうなと思って」
「ええっ、オレ、うわさになってたの?」
「油断しすぎですよ? あ、司書さん、案内したいことがあったんですよね?」
 司書さんは、ため息をついた。
「どうせ今案内しても頭に残らないだろうから、後でルーエ君に冊子にして預けておくよ」
「では、放課後に取りに行きますね」
 達観した様子の司書さん、ポカンと口を開けている同級生たち。
 遠くで午後の予鈴が鳴った。ここまでが、計算通り。
 だって、質問攻めにされる時間は、短い方が良いもんね。