ぼんやりとした様子だった少女が、見る見るうちに、顔（かお）色（いろ）を失っていく。彼（かの）女（じょ）はバネ仕（じ）掛（か）けの人（にん）形（ぎょう）のように上体を起こし、ブンブンと首を振（ふ）った。
「だっ、大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）です！」
　ただならぬ様子は、どう見ても大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）とはほど遠い。
「いや、あのな？」
「大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）なんです！　大（だい）丈（じょう）夫（ぶ）ですから、もう放っておいていただけませんか！」
　極（きょく）端（たん）に怯（おび）え、頑（かたく）なに周囲を拒（こば）む態（たい）度（ど）。クラリとふらつく様子を見かねた耀（かぐ）夜（や）が、その華（きゃ）奢（しゃ）な背中を支えようとそっと手を伸（の）ばしても、びくりと肩（かた）を震（ふる）わせる。
　奏（か）音（のん）にとっては非常に不本意なことに、被（ひ）虐（ぎゃく）待（たい）児（じ）を連想させる行動は、耀（かぐ）夜（や）をはじめとする龍（りゅう）神（じん）警（けい）備（び）会（がい）社（しゃ）の面々の庇（ひ）護（ご）欲（よく）を、この上なく煽（あお）った。
「これだけふらふらで、どうしようって言うんだ。ほら、手当てするだけだから」
　耀（かぐ）夜（や）の善意の言葉は、けれど奏（か）音（のん）にとっては死（し）刑（けい）宣告にも等（ひと）しい。
「嫌（いや）です！　放っておいてください！」
　強い拒（きょ）絶（ぜつ）に流石（さすが）に周囲が目配せし合う中、立たないのが悪いのだろうかと奏（か）音（のん）は必死に立ち上がろうとし、そして叶（かな）わず崩（くず）れ落（お）ちた。回路が幾（いく）つか損傷していて、身体（からだ）に指示がうまく回せない。もしかすると、回路以外の部品にまで被（ひ）害（がい）が及（およ）んでいるかもしれないが、いずれにせよパニックを起こしてプログラムの制（せい）御（ぎょ）ができていない奏（か）音（のん）には同じ話だった。更（さら）に増加したエラー報告が、奏（か）音（のん）の精神をますます追（お）い詰（つ）めていく。
「無理をするんじゃない！」
　咄（とっ）嗟（さ）にその身体（からだ）を抱（だ）き支えた耀（かぐ）夜（や）の腕（うで）の中、奏（か）音（のん）はオーバーヒートした思考で、最後の抵（てい）抗（こう）を試みた。
「嫌（いや）、嫌（いや）です。これ以上、さわるなら、自（じ）爆（ばく）します」
　最悪、魂（たましい）を移した先の、ブラックボックス的な部品さえ無事であれば、身体（からだ）の方は、天（あま）音（ね）がもう一度作ってくれるだろう。自（じ）爆（ばく）プログラムまで作動させたことでいよいよ高（こう）負（ふ）荷（か）がかかり、ついに奏（か）音（のん）は強制シャットダウン状態に陥（おちい）った。