『かくて奏音は拒絶する』耀夜の憂鬱
縦横変換 奏音にとって幸いだったのは、システムダウンしていたのが、自分の意識だけだったことだろう。人間偽装プラグラムが呼吸や脈、体温などの存在を演出し続け、その数値が落ち着いていたことから、ひとまず耀夜の屋敷の客間に寝かされている。
一方、奏音の精神を動かしているプログラムが一番複雑である故に、再起動には少しばかりの時間がかかった。具体的には、拾われてから二日、昏々と眠り続けた。
「眠り姫はまだ起きないんですかね」
「今朝の段階では、まだだったよ」
三日目の夕方、社長室で真理亜と共に業務をこなす耀夜の目の下にはうっすらと隈が浮いていた。ショッピングモール半壊事件に関する後始末だけでも忙しいというのに、帰宅すれば身元不明の爆弾少女の世話も待っている。現時点で耀夜以外安全に触れることのできない少女の世話は、当然耀夜にしかできない。
「次は……うーん、流石にこれは想定外だったな」
手元の報告書に目を通し、唸る。その報告書は自社の諜報部がまとめあげた、今回の件についての資料だったのだが。
「詳細情報なし。犯人も、眠り姫の身元もか」
犯人はともかく、有楽部光希に似た少女の身元くらいは判るかと期待していた。しかし、有楽部家に動きはなし。検索できる範囲での、顔写真の一致情報もなし。
「アンジェなら、犯人を知ってますかね」
事件とほぼ同時に、ネットで警告を出した彼の者であれば、犯人にも心当たりがあるのではないかと真理亜は言う。
「接触を試みているが、返事なしとのことだ」
「なるほど」
当のアンジェ、すなわち奏音の意識が戻っていないのだから、ある意味で当然といえば当然の結果だ。
そんな折、電話が鳴った。受話器を取った耀夜の表情が、見る見るうちに険しくなっていく。
「わかった。直ぐに帰る」
最終的にそう言って、耀夜は電話を切った。
「社長、何かありましたか」
「眠り姫が目を覚ましたらしい」