『かくて綻び始める』耀夜の懸念
縦横変換 アンジェというハンドルネームとその後の告白が衝撃的すぎたため、何故扉を施錠したのかといった問題が吹き飛んでしまったと耀夜が気付いたのは、白華の部屋を去ってからだった。
「アンジェ、があんなお嬢ちゃんだったなんて、ビックリっすね」
聖也などは、まだ驚き覚めやらぬ様子だ。
「そんなにアンジェは有名か?」
「そうっすね、有名なアンジェもいるっす。今回のように、テロの情報を提供してくれるアンジェは、偶にテロが起こるよりも早く警告をくれることもあったんで」
「他に有名なアンジェはいるか」
「勿論」
聖也はあっさりと答えた。
「個人で通販してるハンドメイド作家のアンジェも、ハッカーの間では有名っすよ。あのザイオンサーバーに個人サイトを置くって、一体どんな裏技を使ったのかって、有名な電脳七不思議の一つっす。そっちなら、あのお嬢ちゃんでも違和感ないっすけど」
「ふむ」
ふと、何かが引っかかったような微かな違和感があり、耀夜は顎に手を添えた。
「白華は何故、そんなとんでもない情報から私たちに明かした?」
「社長さん?」
「聖也。少し、無茶を頼んでも良いか」
昏い瞳の耀夜に気圧されるように、聖也が頷く。
「セキュリティシステムの監視を強化してくれ。ここで白華を見逃したら、大変なことになる気がする」
「大変なこと、っすか」
「もしここで手を離してしまったら、あの子は二度と、私たちの前に姿を現さないような気がしてな」
かつて他人に頼れず、人間不信になりかけた耀夜の勘が、白華は危ういと訴えかけてくる。重大な情報を敢えて明かしたのは、試しているのか、それとも、もう二度と関わらない代わりの置き土産のつもりなのか。
いずれにしても、かつての己を彷彿とさせる白華を放ってはおけない耀夜は、白華を直接監視するのも難しいため、聖也を頼ることにした。