『かくて暴かれるのは』白華の正体
縦横変換 唐突に開いた扉に、耀夜と、咄嗟に倒れそうになった彼女を支えた真理亜が、体勢を崩しながらも部屋に傾れ込む。
露台から手ぶらで飛び立つ、翼持つ子どもの影。堕天使が飛び去った部屋には、あの見事な亜麻色の髪を持つ少女の姿はなく。
けれど、涅色の髪を持つ子どもが露台に佇んでいた。
「そこの貴方、動かないことですね!」
そう威嚇した後の真理亜の行動は、迅速だった。即座に体勢を立て直し、不審な子どもを露台から室内に引きずり込み、床に押さえつける。一連の身のこなしは、プロフェッショナル特有の流れるような、一切の無駄もない見事なものだ。
押さえ込まれた子どもの方は、声すら出ない。いや。奇妙なことに、出さないのだと、真理亜は感じた。当人からすれば、身の危険をこの上なく感じるはずの状況下であるにもかかわらず、抵抗の素振りは全く見せなかった。凡人であれば反射的にでももがきそうなものだが、それさえせずに、完全に為されるがまま。
ますます眉間の皺を深くする真理亜の背後から子どもを観察した耀夜は気付いた。見覚えのある服装。地味な色の短髪の下から覗く、一筋の淡い耀き。亜麻色の、すなわち白華の髪の色。
「そうか、道理で……」
警備会社の社長宅のセキュリティシステムにさえ介入できるハッキング技術を持ち、恐らくは電脳世界にも明るい。絡繰師の起こす事件を誰よりも早く察知し、絡繰師が直々に迎えに来る人物。
大きな勘違いをしていたことを、耀夜は悟った。絡繰師にとっては、アンジェのハンドルネームを持つ少女は決して邪魔者なんかではない。むしろ、彼女こそが。
「一人は、実在すら定かではない幽霊、か。すっかり、失念していたな」
意を決して、真理亜の横から子どもの涅色の髪に手を伸ばし、引っ張る。それはいとも容易く、耀夜の手に収まった。
「ああ、やはり鬘か」
とは言いつつも、涅色の鬘があるのとないのとでは、白華の雰囲気には大きな隔たりがあった。広がる亜麻色の髪と、それに伴う雰囲気の変化に、完全に予想していたはずの耀夜ですら目を見張ったし、真理亜は、一瞬白華を押さえる力が弱くなった。もっとも、次の瞬間には前以上の力で押さえつけたのだが。
「白華」
呼びかければ、白華が動かぬまま、視線だけを耀夜に向けた。普段なら落ち着きなく揺れて、直ぐに逸らされる目が、今は静かに耀夜を映して動かない。
「お前、もしかして、アレだな? 絡繰師の、三人目」
目を剥く真理亜の下で、白華は一度だけ首を動かした。
肯定だ。
「驚いたな。てっきり、都市伝説の一つで、実在なんかしないと思っていたが」