蒼天「今、思ったことをやりましょう」
縦横変換 仰ぎ見れば、雲一つない、真っ青な空。振り返れば、瓦礫の山。かつて自分が暮らしていた貧民街の違法廃棄場の地下に、天音にぃが新しく基地を作りたいらしい。
「飛んできなよ、璃音」
うずうずしてきた胸の内を言い当てられて、反射的に首を振った。
「今は良い」
「えー? せっかくのお天気じゃん。全力で飛べる、またとない機会なんだから、飛んできたら良いのに」
天音にぃの言う通りだ。こんな、光発電の邪魔をする雲が全くない快晴なんて、滅多にない。絶対に、気持ち良く飛べる。
それでも、その天音にぃを今の状態で……絡繰子に改造されたての、不安定に違いない状態で放置して、自分だけ空を駆けようだなんて、ちょっと無神経だと思った。たとえ、その神経がもう、物理的には無かったとしても。
もう一度、空を仰いでみたけれど、やっぱり晴天。翼を出してもいないのに、髪だけの発電で、どんどん蓄電池が充電されていく。
「あー、なんか、お腹いっぱいな気分だなぁ……」
天音にぃにとっては、多分初めての満充電状態だ。眩しそうに空を見上げる天音にぃの見た目が自分と同い年くらいだったり、やや癖のある髪の色が茶色より紅がかっていたり、目尻のちょっと吊り上がった目の色が瑠璃色になっていたりするのには、正直違和感しかないけれど、それを言い出したら今の自分も髪が白ではなく、瑠璃色だったりするので、深くツッコんではいけないのである。キリがない。
「ねぇ、飛んでこないの?」
天音にぃが、また聞いてきた。
断りかけて、口をつぐむ。こんなに何回も聞かれるのは、珍しい。
「今の天音にぃを置いていきたくない」
理由を口にすると、天音にぃの眉尻が下がった。
「ええー。ボクは璃音が飛ぶの、見たいのに〜」
口を尖らせ、頬を膨らませる様子は初めて見る。見た目の年齢相応、と言えばそうかもしれない。でも、天音にぃは元々、自分よりももっと年上だったし、取り繕った態度のことが多かったから、ここまで表情豊かに拗ねられるのもまた珍しいというか。
もしかして、いや、もしかしなくても。浮かびかけた疑念は、少しかがんだ天音にぃが上目遣いで見上げてきたことで、吹き飛んでしまった。
「ボクのために飛んできてよ、ね?」
あの天音にぃが、甘えてきた。人間関係を拗らせに拗らせて、甘えることなんて知らなさそうだった天音にぃが。
「……じゃあ、少しだけ」
体内に収納していた翼を広げると、ますます発電が進む。空を飛ぶため、あと緊急用に、翼には専用蓄電池が設けられているのだけれど、そっちにはまだもう少し充電できそうだ。
キュルキュルリ、微かな駆動音と共に広げ切った翼もまた、瑠璃の色。発電の効率を良くするためには、なるべく濃い色で面積が広いのが良いのだそうで、だから自分の髪も、天音にぃの髪も、長い。
今の空は、遮るもの何一つなく、吸い込まれそうに、青い。そっと、翼の角度を調整して、ふわり、爪先が地面を離れて。
ああ、やっぱり、気持ち良い。
地上を見下ろせば瓦礫の山の中、ニコニコと笑う天音にぃと目が合った。ますます嬉しげに花開く笑顔に、自分も顔が緩むのがわかる。帰る場所は、ここにある。
くるりくる、旋回してついでに宙返りもして、天音にぃの広げられた両腕の中へ。
「ありがとうね、璃音」
天音にぃは、とてもご機嫌な様子。研究所にいた時にはほとんど見られなかった純粋な笑顔に、胸がキュッとする。
「り、璃音?」
気が付けば衝動のまま、天音にぃを抱きしめていた。可哀想な天音にぃ。友だちが欲しかっただけなのに、被験者と二人きり、元の研究所を追い出されて。自分同様、人間であることも辞めてしまって。なのに、こんなに嬉しそうに笑うなんて。
「珍しいね? 璃音から甘えてくるなんて」
顔を見せたくなくて、グリグリと頭を押し付けていたら、そっと頭を撫でられた。切ないやら恥ずかしいやらで、ますます顔を上げられなくなったのは、仕方のないことだろう。