気がついたら、宙を漂（ただよ）っていた。眼下では、天音（あまね）にぃが、動かなくなったかつての自分を抱（だ）きかかえて泣（な）き喚（わめ）いている、気がする。でも、音は聞こえない。
　これは、噂（うわさ）に聞く、幽体離脱（ゆうたいりだつ）とやらだろうか。
　まあ、せっかくの体験だし、このまま少しだけ空を飛ばせてもらおう。少しだけ。戻（もど）れなくなる前に、帰ってくるから。
　あまりこの場を離（はな）れていると、二度と戻（もど）れなくなるという自覚は、あった。
　天井（てんじょう）をすり抜（ぬ）けて、ぐんぐん空へと翔（かけ）る。ずっと、空を飛ぶのは憧（あこが）れだった。刻一刻と表情を変える、この広々とした空間を、何の憂（うれ）いもなく、心行くまで駆（か）け回（まわ）るのが、小さい頃（ころ）の夢だった。
　目の前を、鳥の群れが飛んでいる。翼（つばさ）の動きを見ていて、なんとなく腕（うで）で真似（まね）しようと思ったけれど、そこで違和感（いわかん）があった。
　この腕（うで）を、翼（つばさ）にしてしまっても良いのだろうか？
　……イヤだな、と思った。もしもこの腕（うで）が翼（つばさ）になってしまったら、今も嘆（なげ）いているに違（ちが）いない天音（あまね）にぃを、慰（なぐさ）めるのが大変だ。
　それに、さっきから、背中がムズムズしているのだ。何かがそのムズムズから、飛び出そうとしている。
　嗚呼（ああ）そうだ、この背には。
　翼（つばさ）が、あるじゃないか。
　きっとその瞬間（しゅんかん）に、自分は翼（つばさ）を手に入れたのだろう。一度、二度、ぎこちなく羽ばたくたびに、感覚が馴染（なじ）んでくる。鳥たちに併走（へいそう）して、その動きに学ぶ。
　とても楽しい時間だけれど、いつまでも続けていたら、帰れない。随分（ずいぶん）滑（なめ）らかに動くようになった翼で滑空（かっくう）して、自分のいた場所まで降りれば、目を真っ赤に泣（な）き腫（は）らした天音（あまね）にぃと視線が合った。
　天音（あまね）にぃ、そんなに目を見開いたら、目玉が零（こぼ）れ落（お）ちてしまうだろう？　思わず、笑ってしまう。
　天音（あまね）にぃが抱（かか）えている、かつての自分には戻（もど）れない。何故（なぜ）なら、そこには翼（つばさ）がないから。
　今の自分には、天音（あまね）にぃの作ってくれた、翼（つばさ）ある身体が合うのだろう。正直、ちょっと美形過ぎる気もするけれど、そこはまあ、追々慣れていくしかないだろう。
　かつて素体（そたい）と呼んでいた身体に手を伸（の）ばすと、天音（あまね）にぃが再び泣きそうな表情になった。何か言っているようだが、生憎（あいにく）と、聞こえない。
　不思議と、身体との同調方法に、不安はなかった。目を閉じて、次に開ければ、そのときにはこの身体になっているだろうという自信があった。
　だから、素直（すなお）に目を閉じた。