飛んできた先生(神代望視点)
きっかけは、何だったのだろう。多分前日に俺が注意三昧になって、リハビリ中に腕を怪我して。それで。
翌日は日曜日で、だから先生たちも、休みの日で。俺は独り、ベッドの上で。
すごく、情けなかった。何もかも空回りしているような、そんな気持ちで。
もういっそ泣きたくて、でも瞬きしかできない俺は、目に力を入れることも無理な、はずだった。それが。
気が付いたら呼吸器のアラームがうるさくて。看護師たちが飛んできて。電話口で怒鳴ってる。
「早く来てくださいよ、常葉先生! こんな、こんな異常私たちでは対処できませんから!」
看護師では対処できない、異常。
あれ、おかしいな、胸が苦しい。息がしんどいのではなくて、空気が押し込まれているのが、我慢できない。
無意識のうちに、呼吸器に震える手を伸ばしていた。俺は本来自力では動けない。なのに。
動かない、動けない前提だったから、俺は鎮静剤も打たれていなかったし、物理的抑制もされていなかった。だから、周りが止める前に、自分で呼吸器の管を機械から引っこ抜いてしまったんだ。
けたたましい、アラームの音。
でも、それがまるで、俺の二回目の産声のようで。だって呼吸器を外して、俺の息、止まってなくて。
でも、多分その息はだいぶ、弱々しかったんだろう。常葉先生が飛んできた時には、俺は日直当番の先生の指示で、ガッツリとベッドに縛られて、また呼吸器をつけられていた。強制換気ではなくて、呼吸補助のモードで。
「神代さん、動けるように、なったんですね」
日直の先生から話を聞いて、呼吸器の設定を確認した常葉先生、ぺこぺこと日直の先生や看護師たちに頭を下げまくって——常葉先生は何も悪くないのに——後は対応しますと言って——つまり休日出勤が確定して——他のスタッフが全員去ってから、第一声がそれで。しかも、目が潤んでいて。
『しんど かった』
「それはそうでしょう。自発呼吸があるのに強制換気なんかしたら、喧嘩になりますから」
『ごめんなさい』
「何を謝る必要があるんですか、回復は喜ばしいことですよ。これは徳永先生に報告するのが楽しみですね、リハビリメニューを組み直してもらわないと」
『先生』
「はい」
『ありがとう』
常葉先生は、俺を縛っている抑制帯を解きながら、一回だけ、ゆっくりと瞬きした。
「まだ、これからでしょう。回復の傾向があるなら、声だって戻る可能性が高いですから。先ずは呼吸器卒業を目指しますよ」
そして翌日の月曜日、徳永先生が、彼にしては珍しく、目を白黒とさせた。
「えっ、回復の兆しっすか!? おめでとうございます、っすね?」
『どうして いきなり』
「それがですね……」
常葉先生が、複雑そうな顔をしている。
「神代さんの血液検査で、本来なら無いはずのナノマシンが検出されまして」
「ナノマシン……もしかして、外殻の調整に使ってた、脳波中継して細胞を制御する、あの!? うわぁ、マジっすか」
『聞いて ない』
「説明したっすよ! 心ちょっとここにあらずで聞いてなさそうでしたけど!!」
つまり、最初の日、屋久杉の話で驚いていた間に、説明されていたらしい。そして俺も、聞き返さなかった。
「……まあ、結果オーライってやつっすね」
けれど、おかげで俺は、奇跡を掴めたんだ。