幕間二(常葉誠視点)
ナースステーションでカルテに記入していたら、隣に守が座ってきた。
「神代さん、だいぶ回復してるっすよ。そろそろ、声も出せるかも」
「そう、ですか」
それはとても嬉しいことだ。多分、外殻を最大限に活用して、神経に適切な刺激を送っている守のおかげも大きいと思う。
「で、常葉先生は最近、どうっすか?」
「どうも何も、僕はいつもと変わらないですよ」
何を聞きたいのかよく分からないけれど、いつも通りだ。
ほんの少しずつ、足から這い上がっている動きにくさも。両親の病状が進行する、その報告も。変わっちゃいない。
元々医師になったのだって、両親の介護費をちょっとでも稼ぎたかったから。もう、自宅では看られなくて、入院になってしまっているけれど。
「……本当か?」
周りに他のスタッフがいなくなって、守の声が低くなった。
「お前、そもそも医学部受験したの、両親の介護費稼ぎたいからって言ってたよな」
その通りなので、否定しない。
「で、もう祖父母、いなかったよな」
それもその通りなので、否定しない。
「お前自身は、」
「僕のことより、こっちが心配だな」
今は僕のことを追求してる場合じゃないんだ。僕は今、治験スタッフから外れられない。せめて、神代さんが無事に退院できるのを、見届けるまでは。それが無理でも、この脅迫状の件が何とかならないと。
僕が渡した脅迫状のコピーを読んだ守の眉間に、深い皺が寄った。
「『治験は冒涜だ、直ぐに中止しないと⚫︎月⚫︎日には恐ろしいことになるぞ』って、完全に襲ってくる気満々じゃねえか。『神にでもなるつもりか』って、酷い言い様だな」
「どこから情報が漏れたことやら」
「誰もが皆、お前みたいにキッチリしてないってことだろうな。で、対策は?」
僕は、首を横に振った。
「……は?」
「言いたいことは分かるつもりだよ。僕だって信じたくないけど、警察に通報すると治験への中止指示が下るかもって、教授が。予告日の警備は増やしてくれるみたい」
「でもっ」
「こっそりコピーを院長室のポストに入れてきたし、近くの交番の前にわざと捨ててきたけど、僕にできることなんてそれくらいしかなくて」
「……マジか」
守が、眉間の皺を揉みほぐし始めた。いつも何か面倒ごとに巻き込んでいるようで、本当に申し訳なく思う。
「治験対象者の中で、最も効果が出てるの、神代さんだよね……」
「……そうだな」
「狙われないと良いけれど、難しいだろうな。まあ予告の日は外来の日じゃないから、病棟に詰めておくつもりだけれど」
「お前、死ぬなよ」
僕は応えなかった。だって、人間いつかは死ぬものだ。
【徳永守の日記】
ダメだ誠のやつ、オレがいない間に拗らせすぎてる。神代のこと以外での「我」が完全に死んでるし、何かを深く諦めてる。
高校の時から引っ込み思案なやつだった。それがちゃんと医師としてスタッフにも患者にも慕われてそうだったから、成長したのかと思いきや。
違う。文字通り、滅私奉公してるせいだ。表立っては反論しない、表面的には易々諾々と動く。そりゃ、そんな都合の良いやつは、都合良く使われる。
しかも絶対あいつ自身が、何か都合を隠してる。問い詰めようとしたらテロ予告で流してきたが、それでオレが誤魔化されると思ってるのか?
ちょっとばかりルール違反なのは分かっているが、あいつの両親のカルテを見た。進行性に動けなくなっていく、神経の難病——しかも、遺伝するやつ。くそっ。