スタイル設定

Cookieを利用して情報を保存しています。
保存ボタンはこの設定ウィンドウの最下部です。

フォントの種類

文字の大きさ
16px
行間の広さ
2.2
テーマカラー

俺の先生(神代望視点)

 すごく、ゆっくりとした、足音。聞き慣れない——いや、こんなに静かな足音は、他にいない。
 とても、緊張してきた。
 予想した通り、俺の病室の前で足音は止まって、いつものリズムでノックの音。
「どうぞ」
 昨日は車椅子だった常葉先生、今日はもう歩いている。とてもゆっくりで、どこかぎこちなさもあるけれど、誰の手を借りることもなく。
「失礼しますね」
 先生は穏やかな顔だけれど、俺の内心は全然穏やかじゃなかった。昨日、徳永先生から聞いたことが、頭の中でぐるぐると回っている。おかげで寝不足四日目突入だ。
「……神代さん?」
 じっと先生を見ていたら、不思議そうに首を傾げられた。俺はそんな先生に対して、今からとんでもないことを聞こうとしている。
「せんせぇ、俺のこと、好きって……本当ですか?」
 言葉での応えは、なかった。でも、常葉先生、その瞬間に、固まった。
 見る見る内に首からマスクを通り越して耳、目元まで、赤く染まっていく。首元の蔦がふるふると震えているのが可愛い。俺が思わず外殻補助込みで身を乗り出して、その蔦をそっと撫でてしまっても、まだ常葉先生は真っ赤になって固まったまま。
「だ、誰から……」
 やっと絞り出された常葉先生の声、いつもよりも掠れて震えて、全然動揺を隠せていない。そして、俺の言葉を、否定してもいなかった。
「……徳永せんせー」
 素直に答えたら、大きな溜め息と共に、吐き出される悪態。
「守め……」
 やっぱり、先生、否定しない。
 徳永先生の言ったこと——聞かれたら嘘なんかつけないくらい不器用——本当に、その通りすぎた。えっ何この可愛い歳上。歳上、なんだよな?
「で、俺のこと、好きなんだって。俺、自惚れてて、良いですか……?」
 態度が全てを物語っていたけれど、敢えてもう一回聞いてみる。
 常葉先生は、もう顔から湯気が出そうなほどに真っ赤なまま、確かに首肯いた。
「う、うん……。そうか……そうだね……僕……そうかぁ……」
 うわあ、これも徳永先生の言った通り。この先生、俺に聞かれるまで自覚なかったんだ。で、今、キャパオーバーになっている。俺の言葉で、こんなに崩されている。
 ——ああ、今なら、俺に繋いでおける。先生が、そっと消えてしまわないように。
「せんせぇ」
「ひゃい」
「俺のために、生きててくれますか?」
 先生は、眼鏡の奥で目を潤ませた。
「僕……、でも、それを約束できない病気で」
「うん、聞きました」
「なのに君は、僕に生きろと言うの……?」
「言います。せんせぇ、しなないでって、何回でも」
「……誠、が、良い」
 ポツリ、と呟かれたそれは本当に先生自身にとっても想定外の言葉だったようで、ガバッと口を塞ぐ仕草がこの上なく愛おしくて。
「じゃあ、俺のために生きて、誠」
「う……うぅ、がんば、る」
 本当に正直で可愛い人を、堕としてしまった。