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めちゃくちゃな先生(神代望視点)

 ここ数日、誠が何かにとてつもなく集中していることは分かってた。
 「やりたい」というとてつもない熱意はともかく、反回神経が、とか、横隔膜との連動が、とか、合間に流れてくる思考の断片が専門用語まみれだったから、半分以上ちんぷんかんぷんだったけれど。昼も夜もなく集中を感じていたから、俺の方が少し疲れたかもしれない。
(やっと、やっと試せそう)
 昨夜は、そんなソワソワと期待に震える思念と共にやっと誠がちゃんと寝たので、今日は俺もスッキリだ。俺の顔色が戻ったからか、徳永先生もほっとした様子である。
 最近は、誠の病室に連れられての合同リハビリが多い。理由は単純、向こうの方が部屋が単純に広いから。同じリハビリの先生、他の参加者は俺の主治医、だったらばもういっそ二人分の時間をくっつけて——なんていうのまでは多分建前で、多分徳永先生、俺たちと一緒にいられる時間を増やしたかったんだろうな。
(なるほど?)
 疑問系での納得の気持ちは、誠の方。この区別にも、段々慣れてきた、と思う。
「徳永先生、常葉先生が何か試したそうな空気でしたよ」
「そうっすか、それは楽しみっすね?」
「でしょう? 具体的なことは分からないんですけど……」
 誠の病室に歩きながら、報告しておく。他のスタッフも行き交うので、俺も先生も、ちゃんとそういう言葉で話す。
 それを聞いている誠は——あれ、何かすごく、集中している?
 徳永先生が誠の病室の扉をノックして、もう返事ができないのは分かっているからそのまま開けて、誠が明確に俺の方を見て——
「の、ぞ……む」
 俺は、多分、頭が真っ白になった。
 聞き慣れた声じゃない。もっとガサガサというかカスカスに掠れて、とてつもなくゆっくりで、一音一音区切られて、ほとんど吐息みたいな。でも。
 立ち尽くす俺を、誠が不安そうに見詰めている。
(声、違った……)
 いや、紛れもなく、誠の声だ! 誠が——俺のために。
 視界が歪んで——いやこれは、涙か。嬉し涙だ。だって、誠、お前……
 俺が感情を決壊させたら、それを受け取る誠なんてますます処理できない。二人でボロボロに泣いていたら、徳永先生が洗面台からタオルを持って来た。
「あー、お前ら、取り敢えず顔拭け。神代は入口で立ち尽くすな、もっと入っとけ。誠は……うん、しばらくそのまま混乱してろ。後で話聞かせろよ」
 ああ、やっぱり誠を混乱させてしまったようだ。そして、徳永先生の対応が頼りになりすぎる。「オレの方が大人」って、言うだけのことはある。
 少し落ち着いたところで誠が何とかモニター経由で理屈を説明してくれたものの、やっぱり俺にはちんぷんかんぷん、徳永先生も眉間に寄った皺を揉みほぐしていた。
「外殻で運動神経なんとかできないかって……そういうことかよ。声を出すのに必要なのは、声帯と、息を通すための横隔膜と、あと口腔か? おい、オレは言語療法士じゃないんだが? てかお前、息しなくても外殻で呼吸できるからって言ってたのに、神代に声を惜しまれたからって……」
 やっぱり、相当な無茶をしたらしい。逆に言ったら、それしか分からない。
(えっと、ほら、誠が外殻とナノマシン、くれたから。ナノマシン単体の修復力では病気に追い付けないのなら、体内にある外殻を神経にしちゃえって……)
 うん、何だかもうめちゃくちゃだってことだけ、分かった!
 その後、数週間かけて、誠はあの穏やかで柔らかな、俺の好きな声を、取り戻した。
 それはそれでとても嬉しいことだったけれど、同時にまたとんでもない問題が発覚した時間でもあったんだ——