魔人化から解放された後のこと
縦横変換 流石に数週間、消息不明だった後でギルドに顔を出したら、周り中に仰天された。しかも、左手に仕込まれていた諸々の生体認証システムまで消えていたものだから、既に死亡扱いされていたし、何なら身内での葬式も終わっていたらしい。
不幸中の幸いは、まだ春休みがギリギリ残っていたこと。まだクラスメイトには俺の訃報は知らされておらず、何とか戸籍と学生証を再取得して、新学期からまた通学できるようにした。それだけで残りの休みが飛んだのは、言うまでもない。
ギルドの登録証が消えた所為で登録抹消扱いになったことについては、正直逆にホッとした。これでもう、ギルド長からの無茶振りに応える義務も消えたんだから。
生体認証用の魔法が悉く消えていた件について、恐らくはジンがうっかり食べてしまったんだろうと推測はしたが、俺からは何も言わなかった。すると、俺が記憶喪失という扱いになり、よっぽどショックな出来事に見舞われたんだろうと、誰も『聖域』のことに触れなくなった。まだ学生の俺に、危険な任務を無理強いしたとして、ギルドでは依頼を行う際の規定を大幅に見直すそうだ。
「……だから、再登録してくれませんかねぇ? リオニス君」
「そんな怖い所に登録なんて、嫌ですね」
今日もギルド職員が再登録を勧めに来た。明日から新学期だというのに、迷惑な話だ。
かつては小遣い稼ぎなどの目的で登録した何でも屋ギルドだが、今は何の魅力も感じられない。ほとぼりが冷めた頃に、あるいは……という可能性はあるが、少しそっとしておいて欲しかった。
肩を落としたギルド職員が帰っていき、茶を淹れていると、耳元で鈴の音が鳴る。俺は茶を注ぐ手を止めて、耳に着けていたイヤカフに触れた。
「良いぞ、ジン」
(もしもし。変わりはないか?)
「ないな。体調も良いし、今日もギルド職員は帰って行った」
おいおい、と呆れているのは、『聖域』にいるジンだ。別れの際に、デンワとかいうイヤカフをくれた。ジンからは数日に一回、デンワを通じて連絡が来る。俺がまた魔人にならないか、心配してくれているようだ。
(明日から学校なんだろう? 今夜は早く寝ろよ、……リオニス)
「わかってる」
俺の名前を教えた時、ジンはかなり驚いていた。初めて名前を教えてもらったと、大きな瞳を揺らがせて。よっぽど大切なものだと思っているのか、毎回毎回そっと、まるで宝物のように俺の名を呼んでくるのが、健気だけれど、痛ましい。あまりに敬われすぎるのも、考えものなんだなと感じる。
ギルドや周りの大人には事の顛末を伝えられていないが、余裕のある時は魔物を探し、『聖域』に連れて行っている。『聖域』の異変の一つとして転移魔法を受け付けなくなったというのがあったが、どうやらそれは転移魔法のマーカーをジンがうっかり食べてしまっていたのが原因だったとかで、俺やシルフィアナについては転移魔法を引き続き使うことができるのだ。
「それにしてもジンは、学校がわかるとか、なかなか人間のことに詳しいな?」
デンワの向こうでジンが狼狽えた気配がしたので、笑った。
「まあ、またいつか話してくれる気になったらで良いさ」
色々思うところはあるけれど、今はまだ、ジンの事情もそっとしておこう。俺がもっと成長できれば、その時は……