『いっぱい、面白いこと経験させてもろてるでね』
縦横変換 機関車を待つ、駅構内。シーってば、と静止の声を無視して、ンギャンギャと鳴く上機嫌そうなドラゴンのパペット。周りの視線を一身に集め、ペコペコと頭を下げて謝る小柄な少女。その頭上を悠然と飛ぶ、更に一回り大きなドラゴンのパペットは、もしや親という設定だろうか。少女の頭に乗るドラゴンと色は違えど、同じ形をしていた。
列車が入ってくると、小ドラゴンはますますご機嫌に鳴く。好奇心旺盛な子どもを見ているようで、とても微笑ましい。けれどいつまでも眺めているわけにもいかない。私は、この列車に乗る必要があるのだ。客車に並ぶ行列に合わせて、前を向き、足を進めた。
指定された席に着き、荷物を下ろしていると、窓の外の景色が揺れて、流れ出す。どうやら無事に発車したようだと胸を撫で下ろしていると、「はわわっ」とどこかで聞いたような声がした。
揺れる車内に危なっかしく踏鞴を踏みつつも、頭にドラゴンを乗せた小柄な少女がこちらに向かってきた。よく見たら大きな荷物も持っており、それで余計にふらつくのだと知れた。とは言うものの、機関車に乗る時点で長距離移動をするということだ。列車に乗ることそのものが目的でもない限り、大きな荷物は必然とも言えた。
「八番席……」
切符を不安げに読む少女に、手招きする。
「こっちこっちー。私の隣やね」
敢えて、故郷の訛りを隠さずに言えば、彼女はほっとした様子で着席した。さて、せっかくなので、私とのお喋りに付き合ってもらおうか。
早速、行き先を聞き出してみたところ、初っ端から仰天な事実が明らかになった。
「えっ、メイアトリアからイルミネイジ神殿に行こうとして迷子になったん⁉︎」
正直、この機関車が出発した駅が、彼女の行くべき行程からすれば的外れの場所にある。幸いにも向かう方角は合っている、が、彼女はだいぶ遠回りをしたようだ。
「そうなんよ……。わし、道に迷いやすくて。でも、ええんよ。その分、いっぱい、面白いこと経験させてもろてるでね」
その発想ができるのはすごいと、素直に感心する。目を瞬かせた様子が面白かったのか、少女の頭の上の小ドラゴンが同じように目を瞬かせ、小さく鳴いた。駅構内であんなに賑やかだったのが嘘のように、車内ではきちんと静かだ。きっとこの子は、本来とても賢いのだろう。
……こんなに賢いパペットだと、核に使われている石も、さぞかし格が高かろう。そう考えついたら、居ても立っても居られなくなった。
そっと覗き見た小ドラゴンの核は、ラピスラズリ。幸運のお守り石として有名な、瑠璃色の石だ。青の光を反射する灰色の石、ラブラドライトの気配も感じられるのは、親ドラゴンの核なのだろうか。
とても愛情を注がれているのが解る、良い石だ。既に魔法も発現しているけれど、このまま育てばもしかすると、開花するかもしれない。
そうとなれば、私の行動は決まっている。彼等の核の更なる成長と開花を願って、先立からの、祝福を。
列車が揺れる中、私は少女と喋りながら、結び紐を編んだ。瑠璃色と水色を基調に、金糸も混ぜて。先端に、破魔の音色を奏でる鈴を結んで。
「これも縁やし、あげるわ。旅するんやったら、お守り幾らあったってええやろ?」
列車を降りた駅で、別れ際に少女に渡す。
「ほな、宝石華のご加護がありますように」
一般的な別れの挨拶だ。まさか、本当に加護が与えられたとは思わないだろうが。