『結構、濃厚な出会いがありそうよ』

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「ふふ、お帰りなさい」
 知る人ぞ知る、有名な占い師がきょを構える館の扉に手を掛けた瞬間、扉は内側から開かれた。いつものこととは言え、かなりビビる。
 片手で扉を開けた女性は、もう片方の腕にペンギンのひないていた。勿論もちろんのこと、そういうパペットだ。ただ、前回立ち寄った時とは色が違う。と、いうことは、もう前の子は開花して巣立ち、次の子を育てているのだろう。
「いくら気配がするからって、いきなり開けるの堪忍かんにんしてくれません? 心臓に良くない」
 取り敢えずぼやくと、占い師の女性はわざとらしく首をかしげた。
「……あら、貴方がそんな言い回しをするなんてねぇ? ドキドキ、したの?」
 揶揄からかわれていることは明白だが、生憎あいにくと私は彼女に口で勝てた試しがない。視線をらすと、水色の大きなヒヨコが透明な液体の入ったグラスをお盆に乗せて、同じく首をかしげていた。
「まあ、おあがりなさい。折角せっかく、寄ってくれたのだし、話も聞きたいわ」
 ヒヨコからグラスを受け取りつつ、館にお邪魔じゃまする。いぶしたてのホワイトセージのかおりが、鼻腔びくうをくすぐった。
 館の中にはこれでもかと言うほど水晶のクラスターがそこここにあり、特に彼女が占いに使う部屋は、まるで水晶の洞窟どうくつに迷い込んだよう。あまりのきらめきにめまいを起こす依頼人いらいにんもいるらしいが、私にとってはとても居心地の良い場所だ。
 われるままに、ここに来るまでの道中、出会った人々、出会ったパペットたちを語る。何回か、破魔の鈴を渡したことも話すと、あきれたように笑われた。
「相変わらずのお人好しね」
 違うで、と否定するところまでが、毎回の流れ。
「お人好しやないし。縁繋えんつなぎしてるだけや」
「そういうことにしておいてあげましょう」
 口をつけていたハーブティーのカップを優雅ゆうがな仕草でテーブルに戻し、私をじっと見た占い師の目の奥に、新たな光が灯る。
「次も、長旅になりそうね」
 肯定すると、彼女は占いに使っているカードを取り出した。サラリとその束を広げ、迷いのない手つきで一枚抜き出す、と、引っかかったように、もう一枚がこぼれ落ちた。
「……珍しいな?」
「珍しいわね。うーん、今回は特に気を付けなさい。結構、濃厚な出会いがありそうよ。双子猫のパペット師の所に寄って行きなさいな」
「双子猫のパペット師」
 心当たりはあるし、元々、次に顔を出す予定だった場所ではあるけれど、それでも念を押されると落ち着かない。
「用事がないと行きにくいかしら?」
「んん? や、用事はあるんで大丈夫やと思いますけど」
 大丈夫だと返事をしたのに、占い師は思案顔だ。やがて虚空こくうに手を差し伸ばすと、そこに柔らかな光が宿った。
「持って行くと良いわ。一つは、絶対に離さないで」
 渡されたのは、深い緑の印象的な、モルダバイトの欠片たち。水晶さえ浄化し得る、とても強力な石の欠片が、こんなにも。
「えっ、そんなに今回、私、ヤバい目にうんですか」
「念の為、ね。特に貴方は、興味と好奇心でうっかりしそうだし」
 しれっと失礼なことを言われた気もする。けれどそれ以上に、先行きが不安だった。