『お姉ちゃん、もう行くの?』
縦横変換 トコトコと、年端も行かない少年が歩くのに、着いて行く。少年を先導するのは、青い小鳥だ。
少年は、両親と喧嘩して、家を飛び出してきたらしい。他の大人には何も言わないことを条件に、私は少年の後ろを着いて行く。私が着いて行けば、きっと悪い大人に出会うこともない。
「だって、悪いことしてるのに、謝れないって言うんだ」
「悪いこと? どんな?」
「わからない。でも、ママが寝言で言うんだ。『ごめんなさい、お父様』って。その『お父様』とやらに直接謝れば良いのにって言っただけなのに、パパからはゲンコツ食らうしママは謝れないって泣くし」
そしてどうやらこの少年、両親の代わりに謝りに行こうとしているらしい。
「謝れない男になるなって、パパからずっと言われてきたんだ。なのに、パパたちは謝れないって、すっごく変だ」
「あー、それはそうやねぇ」
大人の事情、だなんて、年若い少年には理解したくないものの一つなのだろう。
チチチ、と、少年を先導していた青い小鳥が鳴く。核に据えられたアイオライトが小鳥の中でキラリと光るのを、こっそりと覗き見た。
小鳥のパペットは、迷う様子もなく飛び続ける。少年も、迷うことなく着いて行く。
流石に放ってはおけない。だから私も、丘の上の大きな屋敷に向かう一羽と一人を、追いかけ続ける。
果たしてその庭には、車椅子に座る年老いた男性が一人、一匹の大きな犬を傍らに従えて、空を仰いでいた。
お爺さんの抱えきれない後悔と悲しみを、隣の犬がだいぶ肩代わりしてあげているようだ。核になっているアパタイトが、深海のような色を湛えている。
小鳥のパペットは屋敷を囲う鉄柵を軽々と飛び越え、お爺さんの頭上で旋回した。当然、空を仰いでいたお爺さんの目にも、青い小鳥の姿が映り込む。
お爺さんは、我を忘れて小鳥のパペットに手を伸ばし、車椅子から無理に立とうとして大きくよろけた。
「お爺ちゃん危ないっ!」
心優しい少年にも刺激的な光景だったようで、柵に飛びつき握りしめている。その少年の姿に、お爺さんが更に大きく目を見開いた。
「この鳥は、坊やの鳥かね……?」
小鳥のパペットは犬のパペットの頭の上で、誇らしげに胸を張り、チチっと鳴いた。
「ううん、違うよ」
少年が首を横に振り、お爺さんの目に落胆の色が浮かぶ。
「ママの鳥を、借りてきたんだ。ママがずっと謝っている、『お父様』まで案内してくださいって」
「それじゃ、無事に任務完遂できそうなんで、私はもう行きますね」
少年は無事に祖父の元に辿り着いたし、もう私が見守らなくても良いだろう。そう思って口を挟んだら、やっと私の存在に気付いたお爺さんが、ギロリと睨んできた。
「お主は」
「家出少年をパペットが引率してたの、ひっそり見守ってました! 不審者ですけど、もう去りますよってに!」
「お姉ちゃん、もう行くの?」
少年は名残惜しそうだが、私だって命が惜しい。お爺さんの眼力に射殺されそうだ。
「もう私がいなくても大丈夫そうやからね。宝石華の加護を大切にするんだよ?」