『よっぽどお嬢ちゃんが気になるのかねぇ』
縦横変換 不意に夜空に火の粉が舞って、けれど花火にしてはなかなか消えなくて。何事かと気になったものだから、宿屋の窓に額をくっつけた。
あ、また火の粉が打ち上がった。
ちょっとこっちに近付いてきたな? と思っていたら、何かの影が凄い勢いで窓にぶつかってきて、反射的に仰け反る。幸いにも窓ガラスは無事だったけれど、とてもびっくりした。
ずるり、と窓枠にずり落ちたのは、白蛇のパペット。せっかく高価であろうルチルクォーツを核に持つのに、すっかり輝きを失い、餓えてしまっている。うっかり見てしまった私まで引きずられそうな深い怨みを纏い、窓の下に向かって牙を剥き出し、威嚇した。
窓の外に何が更にいるのか、気にならないと言えば嘘になる。けれど、あの白蛇のパペットにはこれ以上関わりたくないし、とても疲れてしまったので、荷物の中からモルダバイトの欠片を取り出し、握りしめた。
このまま意識を落としてしまおうかと考えていたのに、今度は部屋の電話が鳴る。宿のご主人さんが、非常に申し訳なさそうに、自警団への協力を要請してきた。
「悪りぃな、お嬢ちゃん。廃棄パペットがここの窓から離れなくなったから、ちょいへっぱがしに来た」
ガタイの良い男性が、肩にライオンのパペットを乗せて、部屋に入ってきた。
このパペット、私の腕くらいの大きさの縫いぐるみで、フッサフサの鬣は核に似た明るい炎の色。核のカーネリアンに浮かぶ炎のような模様は刻一刻とその表情を変え、既に開花していることがうかがえた。きっと、主人である自警団の男性が幼かった頃から、大事にしてきたパペットなのだろう。
自警団の男性は、ひょいと私と目が合う高さまで屈み込んだ。
「それにしても、大丈夫か? あんまり顔色が良くねーな。さては、中てられたか」
白蛇の放つ負のオーラに中てられたのは事実なので、大人しく肯く。すると、彼の肩に乗っていたライオンが、ポッと温かみのある桃色の炎を吐いた。炎なのに熱くはなく、温泉に浸かったくらいの心地良さに包まれて、思わず変な声が出そうになる。これは落ち着く。
ガタガタと窓が鳴った。廃棄パペットだという言葉が正しいとすると、私が近くにいる限り白蛇は気が立つだろうし、一度視線が合おうものなら、絶対に付け狙われること間違いなしだ。
「よっぽどお嬢ちゃんが気になるのかねぇ」
首を傾げた男性に、ライオンが同意して尻尾を振った。開花もしているライオンは、正しく私が狙われると理解しているに違いない。
「まあ、逃げなくなったのなら、捕獲しやすいから良いか」
男性が決意したようなので、私も覚悟を決めた。モルダバイトを握りしめたまま、窓に目を向ける。視線に気付いた白蛇が、今度こそ明確に窓に体当たりを始めた。
「……おいおい」
冗談だろう。目を剥く主人の肩からライオンが窓枠に飛び移り、グォウと吠えた。その堂々とした後ろ姿は頼もしく、私はそっと目を伏せた。やっぱり、悲しんでいる白蛇のルチルクォーツを見るのは悲しいし、私の視線は今の白蛇には刺激が強すぎるだろうし。
「次は、良い縁に恵まれたいね」
自警団に捕獲され、連行されていく白蛇に語りかけたら、ライオンを連れた男性が私に鋭い視線を向けたように思えた。気のせいだったかもしれない。目を向けた時は、ライオンに耳を噛まれて悶えていたから。