『一緒に逃げよう』

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 列車にて、向かい合わせの席に座ったお兄さんは、とても機嫌きげんが良さそうだった。何ごとか書かれた紙を見てほほゆるめる様子は、見ている私まで気持ちが良い。
「おい。良い加減にしないと、笑われてるぞ」
 注意せずにはいられなかったらしい、お兄さんの隣に座る髪の長い狼獣人さんは、もしやパペットだろうか。あまりに精巧せいこうな造形をしていて、一見してパペットだとは気付かれにくいだろう。ついこの間すれ違った青年パペットも、等身大の人型、かつとても精巧せいこうな造形だった。もしかしたら、同じパペット師の作なのかもしれない。
「んあ? オレ、そんなに変な顔してないだろ」
「いいや、してるね」
 軽妙な掛け合いが、ますます心地良い。ニコニコとながめていたら、二人は少し顔を赤くして、どちらからともなく咳払せきばらいで誤魔化ごまかしに入った。照れてる照れてる。ふふ、可愛かわいいなぁ。
 話を聞けば、二人はめずらしい宝石のうわさを確かめる宝石ハンターをしており、依頼書いらいしょを見てニヤけていたのだそうな。目的とする街は私と同じで、オススメの食堂やら宿の話で大いに盛り上がった。
 ああ、何だかうらやましい。楽しそうな目的、楽しそうな話。
 良い気分にさせてもらったお礼として、いつものように、かざひもを編んで魔除まよけの鈴を結んだものを、あげた。今回も、核のフローライトに合わせた、水浅葱色みずあさぎいろひもだ。
 ペアで編んであげたら、その場でそれぞれのかばんゆわえてくれた。さわやかで、気分の良い人たちだな、と思いながら別れた、ハズだった。
 それがどうして、こうなった? 思わず、遠い目をしてしまう。
 悪徳商人の座敷牢ざしきろう。突入してきた、覆面ふくめんの男のかばんに、私があげたかざひもを見つけて。
 音が鳴らないよう、鈴の部分はふくろおおわれている。でも、私が自分で編んだひもを、見間違みまちがえはしない。
「助けに来たぞ。君たち、無事か? ……あれ? 君……」
 姿こそ覆面ふくめんやら何やらで昼間とはちがう印象になっていても、この静かな声は、あの狼獣人さんだ。と、いうことは、この屋敷やしきの表で暴れていたのが、あんなに機嫌きげん良く依頼書いらいしょを見ていたお兄さん……。
 申し訳がないなぁ。私たちをこの屋敷やしきから助け出すために、来てくれたのか。
 私は、うでいていた子ウサギさんのパペットを、狼獣人さんのパペットの方に、差し出した。
「自分の後始末くらい自分で出来ますんで、この子をよろしくお願いします」
 子ウサギさんはプルプルとふるえている。随分ずいぶん弱っていたのを、何とかちょっとだけ、回復してあげていたのだ。
 イヤイヤとぐずる子ウサギさん。うーん、これはまた、モルダバイトとか魔除まよけの鈴とか、諸々出血大サービスするパターンか……?
 考え込んでいたら、狼獣人さんは、子ウサギさんを抱えたままの私を、ふわり軽々、お姫様抱っこした。
「一人増えたところで、変わりないさ。一緒に逃げよう」
 あ、ちがうや。お姫様抱っこに見せてるけど、魔法で浮かされてるわ、これ。
 理性の一部はそんなことを考えているけれど、めっちゃ顔に血が上がっているのが、自分でも分かる。あわあわと狼狽うろたえている間に、彼はすごい速さで走り出した。
 屋敷やしきから脱出だっしゅつしたのはあっという間で、お兄さんもぐに合流してきた。子ウサギさんは、彼等かれらが主人の下まで連れて行ってくれるらしい。うそじゃないねと私がうなずくと、子ウサギさんも今度は納得した様子で、私の手からはなれていった。
 私も子ウサギさんも、えんに関することには、敏感びんかんだから。彼等かれらは信じるに、あたいした。