『誰も僕を見てくれないんです』
縦横変換 足元に毛皮の当たる感じがして、見下ろした。銀狐のパペットが、戯れついている。
「おお? 人懐っこい子やね?」
声を掛けると、こっちこっちと先導してきた。半ば引っ張られるようにしてついていくと、ちょっとした人だかりが見えてくる。
人だかりの中心には一人の儚げな雰囲気の青年がいて、銀狐は周りの人々など意に介さず、まっしぐらにその青年に飛び付いた。青年の方も、ややホッとした様子で、銀狐を撫で回した。そして、銀狐に髪を引っ張られて、こちらに顔を向けた。
……あ。
銀狐が、魔法を使った。それも、精神に作用する感じの。
精神に作用する魔法、と言っても、様々な種類がある。今回使われた魔法は、少しばかりタチが悪いもので、盲目的に銀狐の主人の青年に恋情を抱かせるもの。つまりこの人だかりは、そういう……。
うーん、どうしたものかな。掛かったフリをするのは、短時間であれば、難しくはないと思う。でも、この魔法、果たしていつまで効果が続くものなのか。いつまでも付き合えるわけでもないし。
よし、知らん振りをしよう。
私はニコリと愛想笑いを浮かべ、そのままササっと後退した。青年が目を見開いたように見えるけれど、気のせい気のせい。
踵を返したところで、また足元に毛皮が当たってきた気がするけれど、それもまた気のせい。
服の袖を思いっきり引かれたのも、気のせいに違いない。
だから、そんな潤んだ目で見てくる青年の存在なんて、私は知らないんだ!
「誰も僕を見てくれないんです」
青年は、そう嘆いた。
「僕のことでギスギスしてほしくないのに、僕を見た人、みんな僕を取り合うんです。愛してるって言われるけど、愛ってそんなに醜い感情だったのかな……?」
「あんさんがそう思うんなら、そうなんちゃいますん?」
対応が雑なのは許してほしい。喫茶店に連行されて、堂々巡りの話が軽く一時間は続いている。店の外にはは青年についてきた人で包囲網が敷かれていて、逃げにくいのだ。
「その点、お姉さんは僕を見ても態度が変わらない。これって、運命だと思うんですよ」
「だから、それは違いますって言ってますでしょ」
この青年、思った以上に幼くて、それ以上に頑固だ。何としても私を手に入れよう、そう思っているのがギラギラとした目の輝きからも丸わかりで、気持ち悪い。
銀狐のパペットが、さっきから何回も私に魔法を掛けようと躍起になっているが、残念、相手が悪い。ましてや、私の懐には様々なお守り石が、モルダバイトを含めてゴロンゴロンしているのだ。銀狐の核となっているシーブルーカルセドニーは、本来こんなに盲目的な愛を強いる石ではなかったハズで、それも私に勝てない理由の一つ。
「そもそも、魔法の願い方を間違ってるんやと、ええ加減に認めればええのに」
哀れな銀狐を抱き上げて、その耳元に囁く。進歩的な思考を促す力を持つハズの、シーブルーカルセドニー。コミュニケーション力を高めてくれるはずのお守り石。
しばらく銀狐を撫でくりまわしていたら、やっと青年が大人しくなった。
「結局は、お姉さんも僕を見てくれないんですね」
せやね、とばっさり切り捨てたら、青年は悔しげに去った。置いて行かれた銀狐にこっそりと、変革の石、モルダバイトを渡しておいた。