第十章 過剰なる愛(灯香)
あの通話から一夜明け、翌日のお昼過ぎ。ようやく、二度目の通話が繋がった。
スマホ越しの詩織の声は、昨夜よりもずっと落ち着いていた。
あの時は吐き気に押し潰されそうで、言葉を絞り出すのもやっとだったのに。
今日は違う。息の整い方も、声の張りも。
——奇跡みたいに、元気になっている。
「……本当に、大丈夫なの?」
思わず何度も同じことを訊いてしまう。
「大丈夫……と言い切れるほどじゃないけど。昨夜よりは、楽」
詩織はそう答えて、少し笑った。
その笑みを想像するだけで、胸の奥の緊張がふっとほどけていく。
そこから二人で、互いの持っている情報を少しずつ出し合った。
詩織は夢の声と、体の中で起きている「吐かない変化」の感覚。
あたしは調べ上げた因果の地図と、隠された研究所の実態。
バラバラの断片が、一本の糸で結ばれるように重なっていく。
そしてその中心にあるのは、やはり——寄生植物。
宿主に花を吐かせるだけじゃない。髪を緑に変え、内臓を補い、延命させる。
人と植物が共に在るための、もう一つの道。
話せば話すほど、胸の奥で熱が膨らんでいった。
詩織が、その可能性を掴んだ。
なら——あたしだって。
胸の奥で言葉にならない熱が膨らんでいく。
「……もしさ」
思い付きに、口が勝手に動いていた。
「もし、あたしも感染したら……詩織と同じように、変われるのかな」
通話の向こうで、一瞬の沈黙。
「灯香、それは——」
「だって! 寄生植物は宿主に、植物の形質を引き出すんでしょ? だったら二人で同じふうに変わって、同じ体でいられる。詩織が一人で苦しむ必要だってなくなる。……それに」
喉がひゅっと鳴った。言葉にするには、あまりに危うい考えだと分かっていた。
けれど熱に浮かされたように、言葉は止まらなかった。
「……もしそれで、子どもの種を宿せるのなら」
詩織と同じ病を背負って、同じ形に変わって、それでも生き延びて。
その先に、二人で新しい命を育てられる可能性があるなら。
花吐き病なんて名前で終わらせる必要はない。——それは祝福だって言える。
「灯香……!」
詩織の声が強く響いた。制止しようとしているのは分かった。
けれど、もう後戻りできなかった。
「だって、あたしたち家族になれなかったじゃん。制度も、書類も、みんな壁だった。でももし、植物があたしたちを繋げてくれるなら——それでいい。いや、それがいいんだ」
声が震えていた。
愛情なのか、焦燥なのか、自分でももう分からなかった。
子どもなんていなくたって、と詩織なら言うだろう。でも、あたしはあたしたちの生きた証を——あたしたちの血を継ぐ子どもを持つことに、強く憧れていた。普段は茶化してしまうほど馬鹿馬鹿しい実現不可能な夢が、叶う可能性が、あるなんて。
「それは危険だよ!」
詩織の声が、スマホ越しにも鋭く突き刺さった。
「花吐き病がどれだけ命を奪ってきたか、わたしが一番見てきた。もし灯香まで感染したら、助かるどころか……取り返しがつかなくなるかもしれない」
「でも、あたしにはこれしか道がないんだよ!」
気付けば声を荒げていた。今まで互いに遠慮したり茶化して誤魔化してきたことが、もう取り繕えない。
「詩織がどんどん遠くに行っちゃうのに、あたしは諦めるしかないの? 電話しても着替えを持って行っても拒まれて、病名すら聞けなくて……そんなのもう耐えられない!」
自分でも驚くほど、涙がにじんでいた。
「もし同じように変われたら、今度こそ一緒にいられる。子どもだって授かれるかもしれない。制度が何を言ったって、もう関係ない。髪が緑になろうが、指先から葉が出ようが、あたしは——」
「灯香!」
強い呼びかけに、言葉が喉で止まった。
通話の向こうで、詩織が必死に息を整えているのが分かる。
「……わたしは、生きたい。灯香と一緒に。だから、お願い。そんな無茶を言わないで」
その声に、心臓が痛くなるほど締め付けられた。
でも、理性がどうにか押しとどめても、胸の奥の熱は消えてくれなかった。